もしかして、カカシ先生に気付かれてしまったのか・・・。



全身の血が、サーッと音を立てて引いていく。

気遣うような先生の視線に堪えられず、どう言い繕っていいのかも分からなくなってしまった。

どうしよう・・・。

カカシ先生にだけは、絶対見られたくなかった。

こんな事ばれたら、絶対・・・、絶対、カカシ先生は、私の事・・・。



「あ・・・あの・・・」

「・・・寒いか?」

「エ、エヘへ・・・。武者震い・・・かな・・・?」



嫌だな・・・。声まで、裏返っちゃってる・・・。

ジワジワと涙が込み上げ、気が付けば微かに嗚咽を漏らしていた。



(もう・・・、なんで涙まで出てくんのよ・・・)



どんどん震えが大きくなる。

後から後から涙が湧き上がる。

自分で自分の感情を制御できず、もう乱暴に顔を伏せるしかできなかった。

きっと、カカシ先生は呆れ果てているだろう。

なんで私なんか連れてきたんだと後悔してるだろう。

ゴシゴシと膝に顔を擦り付ける。

無駄だと知りつつも、何とか気を静めようと私は必死に足掻き続けた。



ガサゴソと、隣で身動きする気配が起こる。

そして、ほわんと背中が温かくなった。

私が震えているのは、寒いため・・・。

そう、わざと解釈してくれたカカシ先生が、着ていたベストを私に貸してくれた。



「あ、ありがと・・・」

「ん」



ついでに頭もクシャクシャと撫でられた。

全てお見通しと言わんばかりの手付きで――



ああ・・・。

やっぱり私はこの人が大好き・・・。



いつだってさり気なく示される、カカシ先生の優しさ。

その度に、私はどんどん先生に惹かれていってしまう。

ずっと私の傍にいてほしくて、ずっと私を守っていてほしくて、ずっと私だけを見詰めていてほしかった。

医忍を目指したのは確かにサスケくんの為だったけれど、今一番守り抜きたいのは、隣にいるカカシ先生だった。

だけど、素直にその事実を認めようとすると、決まってあの日のサスケくんがまざまざと脳裏に蘇る。

先生を好きと思えば思うほど、サスケくんの面影が私の心を縛り付けてくる。



苦しい・・・。胸が痛くて堪らない・・・。

いっそサスケくんの事など、綺麗さっぱり忘れてしまえたら楽なのに・・・。



でも、それは無理だった。

あれから何年経とうとも、あの日のサスケくんが私の脳裏にくっきりと焼き付いて離れない。

俯きがちにじっと足元を見据えながら、何かを決意するように固く口を引き結んで。

でも、その背中はどこか心細げで、肩に背負った荷物がやけに頼りなさそうに見えて。

たった一人、過去も未来も全てを捨て去ろうとする彼が、まるで血の涙を流しているようにも見えて。

何もできなかった私は、自分の不甲斐なさをひたすら責めるより仕方がなかった。



私の中のサスケくんは、ずっとあの日のまま。

私が一つずつ歳を重ねていっても、彼は永久に孤独に囚われた十三才のまま。

――だから、私の心が悲鳴を上げた。

彼を置き去りにして、私だけが幸せを掴もうとする事は、絶対に許されなかった。



どうどうと想いは巡る。

カカシ先生にどんどん惹かれていく自分と、サスケくんに未だ想いを引き摺っているもう一人の自分。

そのどちらも、決して嘘ではない。

嘘ではないのに、うまく折り合いが付けられない。

サスケくんの身を案じながら、カカシ先生の事を想い続ける。

たったそれだけの事なのに。



それはこんなにも後ろめたい事なのか・・・。



止まらないと恐れていた涙も、ゆっくりと潮が引くように、いつの間にか乾こうとしていた。

ゆるゆると顔を持ち上げると、カカシ先生は気付かぬ振りをして、ずっと前を向いていてくれた。

ホッとしながら、小さく深呼吸を繰り返す。

そして、パチパチと燃え盛る小さな炎を前に、隣に座るカカシ先生の気配を懸命に窺った。

私は今、カカシ先生に何を求めているのか・・・。

何を求め、何と声をかけてほしいのか・・・。

自分の事なのに、何一つ分からない。



「辛いよな」

「・・・え・・・?」

「いよいよサスケと対峙しなきゃなんなくてさ・・・。しかも今のアイツ、どうなってんのかさっぱり分かんないし」

「・・・どうして・・・私達なのかな・・・」

「ん?」

「サスケくんに引導を渡す役・・・、てっきり別の隊に任されるって思ってたから・・・」

「そうだな。正直オレも、随分と大胆な賭けに打って出たなと驚いた」



うーん・・・と大きく伸びをしながら、数日前の出来事を思い出しているのか、やれやれ・・・と先生が首を振る。

あの時は場の勢いに呑まれて、ついつい、このメンバーだけで出発してしまった。

でも、冷静に考えてみれば、やはりいろいろと無理がある面子かもしれない。



「まあ、五代目らしい采配と言っちゃえば、それまでなんだがなあ・・・」



ナルトの方に視線を侍らせ、カカシ先生が困ったように笑みを浮かべる。

太平楽に惰眠を貪るその姿は、とても決戦前夜とは思えない緊張感のなさだった。



「本当にナルトって、いつもこんな調子だよね」



私からすれば、羨ましい限りの前向き思考の塊で、彼がクヨクヨ思い悩む姿など想像もつかない。

万が一の事なんて、ナルトの中にはこれっぽっちも存在しないんだろう。

この調子なら、きっとナルトは大丈夫だ。

カカシ先生は、いつだって任務に私情を持ち込まないから、最初から心配など要らない。



問題は、この私だった。

こんな曖昧な気持ちで、みんなに迷惑を掛けないだろうか。

とうの昔に覚悟を決めておかなければならないのに、未だズルズルと思い悩んでいる。

いざサスケくんと向き合って、ちょっとでも迷いが生じてしまったら・・・。

それがそのまま、任務失敗に繋がりそうで怖かった。