「どうした・・・。交代にはまだ早いぞ」
案の定、カカシ先生は大袈裟に驚いた振りをして、私を見上げてきた。
堅牢な防護壁越しに投げ掛けられる、飄々とした眼差し。
ニッコリ笑ってはいるが、『無闇に係わり合うな』 と、やんわりと釘を刺された気分に陥ってしまう。
思わず言葉に詰まってしまったが、今更引き下がる訳にもいかない。
暫くその場でウロウロと躊躇い、結局は、半ば強引にカカシ先生の隣へ腰を下ろした。
「・・・なんか、先生淋しそうだったから」
「ハハハ、何言ってんの。ちゃんと休める時に休まないとダメだろ?」
口では軽くたしなめながらも、私が隣にいる事を取り立てて拒絶する風でもない。
ホッ・・・と安堵しながら、改めて膝を抱え直す。
「・・・・・・」
カカシ先生を真似て、細い枯れ枝を火中にくべた。
パチパチと、小さな光源が頼りなげに勢いを増す。
その火をじっと見詰め、私は、澱のようにうずたかく積もってしまった憂い事を、口にすべきかどうか思い悩んでいた。
今なら訊けるだろうか・・・。
カカシ先生なら、私の迷いを物の見事に断ち切ってくれるだろうか・・・。
木の葉を出発して以来、ずっと私の心に巣食い続ける恐れと躊躇い。
どんどんと増殖しては、今にもはち切れんばかりに膨らみきっていた。
「ねえ、カカシ先生・・・」
「ん?」
「あのね、私・・・、どんな顔して、サスケくんに会えば・・・いいんだろう・・・」
サスケくんを連れ戻す――
あれほど望んでいた事なのに、今はどうしようもなく彼に会うのが怖い。
本当に怖くてたまらない。
サスケくんに会って、私はどうすべきなのか・・・。
何を求められているのかは、ちゃんと分かっている。
私が下すべき判断も、十分に理解している。
・・・でも、心が追い付けなかった。
本当は、こんな事を聞いてはいけないのかもしれない。
今更迷っている時間などない事は、私にだってよく分かる。
なにか言問いたげなカカシ先生の視線が、容赦なく私を射抜いた。
私は、思わず身を竦め、ギリギリと両手を握り締めるしかなかった。
「サクラはさ。どうして医忍になったんだっけ?」
じっと顔を覗き込みながら、優しく諭すようにカカシ先生が語り掛けてくる。
「それは・・・」
「助けたかったんだろ?大蛇丸に良いように操られているサスケをさ、黙って見てらんなかったんだろ?」
「うん」
「だったら助けてやればいい。難しく考えずに、黙って手を差し伸べてやれば、それでいいんだよ」
「・・・でも、もしも里に戻ったら、サスケくんは・・・」
「ああ・・・、まあな」
「それが、本当にサスケくんの為になるのか・・・。ううん、このままじゃ駄目だって事は分かってる。分かってるけど、でも・・・」
「大丈夫、サクラなら絶対サスケの力になってやれる。あんなに頑張ってきたんだ。オレが保証するって」
カカシ先生のいつも通りの笑顔と、確信に満ちた力強い声に、ほんの少しだけ気持ちが楽になる。
こんな私を一生懸命励ましてくれるカカシ先生に、素直に「ありがとう・・・」 と感謝した。
でも、心の奥は一向に晴れない。
今、この手を繋いでもらいたいのは、違う人。
一番に力になりたいと思うのは、サスケくんとは別の人。
本当に、こんな私で構わないのか・・・。
炎を掻き混ぜる手を休め、先生がゆっくりと頭上に瞬く星々を仰ぎ見た。
つられて、私も視線を持ち上げる。
漆黒の海原に細かに浮かぶ、数多の星の欠片達。
あの日と同じ三日月が、満天の星々を従え、中天にかかっていた。
奇しくも同じ季節に、私はまたサスケくんと邂逅しようとしていた。
運命の皮肉さに唇を噛み締めながら、途切れてしまった時の重さを改めて思い知る。
時の流れは止まらない。
いつだってゆっくりと流れている。
里の様子も、里のみんなも、あの時とはすっかり様変わりしていた。
なにより、私自身が変わってしまった。
先の事を考えると、もう昔のように、純粋にサスケくんを連れ戻したいと思えなくなっていた。
キリキリキリ・・・
『見捨テルノ――』
え・・・
『サスケクンヲ 見捨テルツモリナノ――』
頭の奥がじわじわと痛み出す。
またこの声だ・・・。
思わず顔が青褪めた。
わなわなと身体が震え出した。
違う。見捨ててなんかいない・・・。私は今でもサスケくんをちゃんと・・・、ちゃんと心配して・・・
『嘘吐キ サスケクンノ事ナンカ モウドウデモイイクセニ――』
嘘じゃない・・・!私は本当にサスケくんを心配して、何とかしたいって、ずっと・・・
『フン・・・信ジラレルモンデスカ モットモラシイ事言ッテ 誤魔化サナイデ――』
誤魔化してないわ!本当にサスケくんを助けたいって思ってる・・・!
『ジャア ナンデ尻込ミスルノヨ ナンデ喜ンデ助ケニ行カナイノヨ――』
それは・・・それは・・・
『ホーラ ヤッパリ サスケクンノ事ナンカ ドウデモイインジャナイ――』
違う・・・違うってば!
『コノ大嘘吐キ 偽善者 ペテン師――』
嫌だ・・・!お願いだから、もう止めて・・・!
『嘘吐キ 嘘吐キ 嘘吐キ 嘘吐キ 嘘吐キ・・・』
キリキリキリ・・・ キリキリキリ・・・
「いや・・・いやぁぁ!」
「・・・クラ・・・、サクラ・・・!」
「・・・え・・・?」
「おい、大丈夫か?」
「あ・・・」
カカシ先生の声に、ハッと我に返る。
いつの間にか、先生に両肩を掴まれていた。