表面上は何事もなく、ひたすら穏やかに時が流れていった。
あれこれ一人で悩んではいたけれど、別段カカシ先生と急激に親しくなれた訳でもなく、つまりは相変わらずの毎日だった。
人づてにカカシ先生の噂を聞く。
相変わらず、八面六臂の大活躍を繰り返しているらしい。
さすがだなと感心しながら、元気そうな様子にホッと安心したり、高難度の任務に勝手に気を揉んでみたり。
面と向かって言葉を交わせない分、心の中でカカシ先生の無事を祈り続ける毎日だった。
そんなある日、また綱手様に呼び出された。
「大至急来い」 との連絡に、取る物も取り敢えず火影室に向かう。
分厚い扉の向こうから漂ってくる数人分の気配に、任務の召集だなと気を引き締め、控え目にノックした。
「失礼しま・・・っ!」
扉を開けた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
そこには、カカシ先生とナルトの姿が既にあった。
「よっ」
「サークラちゃん、久し振りー!」
「カカシ先生・・・ナルト・・・」
懐かしい顔触れに、思わず顔が綻んでしまう。
この三人が揃うなんて、何ヶ月・・・いや何年振りだろう。
カカシ先生はともかく、ナルトとはもうずっと会っていなかった。
相変わらず自来也様に連れられて、あちらこちらに出向いているらしい。
(ナルトったら、また背が伸びてる・・・)
この前会った時は、確か私と似たような視線だった筈・・・。
なのに、今やすっかりカカシ先生に追いつきそうな勢いだった。
もしかして、またこのメンバーでチームを組めるんだろうか。
もしそうだったら、こんな嬉しい事はない。
知らず知らずに心が飛び跳ね、小走りでみんなの傍に駆け寄った。
「・・・よし。揃ったな」
引き締まった表情の綱手様が、口元を覆うように両手を組み、キッと私達を見回した。
慌てて綱手様の前に整列し、指令を待つ。
やがて、重々しくその口から発せられた言葉は、想像すらしなかったとんでもないものだった。
「サスケの居場所が分かった」
「・・・え・・・?」
いきなり頭から冷水を浴びせられた気分だった。
サスケくんの居場所が、分かった。
つまり、私達に下される任務とは・・・。
半分浮かれていた気持ちが物の見事に吹き飛び、動悸が尋常ではないほど激しくなった。
いつかこの日が来るだろうとは、予想していた。
だけど、その命令は別の隊に下されるものとばかり思っていた。
当事者の私達で、サスケくんの許に――
カカシ先生が隣で静かに目を瞑り、考え込んでいるのが手に取るようによく分かる。
ピクッとナルトの身体も大きく強張り、綱手様に掴み掛からんばかりに大きく身を乗り出していた。
「じゃ、じゃあ、オレ達でサスケの所に・・・」
「ああ、そういう事だ」
「ど、どこに居るってば――」
「まずはアタシの話を最後まで聞け」
表情を変えぬまま、ぴしゃりとナルトの出鼻を挫く。
慌てて言葉を呑み込み、両手をギュッと強く握り締めるナルト。
只ならぬ興奮のせいで、わなわなと全身が震えていた。
「外部の襲撃に備えて、暗部をあちらこちらに散らばらせているのは知ってるな」
「はい・・・」
木の葉に盾突こうとする勢力が幾つか跳梁している事は、今や周知の事実である。
綱手様はもしもの事態に備えて、里の近隣はもちろんの事、火の国中に手練の暗部を常時配備していた。
しかし、いかに優秀な彼等であっても、活動には限界がある。
有事を未然に防ぐためにも、敵情報の早期入手は必要不可欠であったが、正確且つ迅速な情報を手に入れるには、どうしたらいいか・・・。
そこで綱手様は、信用の置ける密偵を何人か雇い入れ、火の国はおろか他国の中にまで諜報役を放っていた。
さすが、蛇の道は蛇。
その内の一人が、どうやら大蛇丸達と接触できたらしい。
「ヤツ等は現在、烈の国に潜んでいるらしい」
「烈の国か。遠いですね・・・」
「忍の足でも五日は掛かるな・・・」 と、カカシ先生が思案顔で腕を組む。
「五日くらい何でもねぇってばよ!早く行かなきゃ、またサスケに逃げられちまう!」
「まあそう慌てるなよ、ナルト」
「いや、少々慌てて貰わなければならないのだ」
「え?」 と訝しがる私達に、綱手様が手元の書簡を開いて見せてくれた。
一番に覗き込んだナルトが、ムッとしながら首を捻った。
「なんだこれ・・・?ただの手紙じゃねーか」
「あーもう、この馬鹿ナルト!よく見てみなさいよ。巧妙に暗号が仕組まれてるでしょう?」
コツンと頭を小突く真似をする。
う・・・。明らかに以前より位置が高い・・・。
いや、高すぎる・・・。
身長の差は、決して実力の差などではない。
分かっている。分かっているけど・・・。
やっぱり悔しかった。
性差なんだから仕方ない・・・と、無理矢理自分を納得させた。
心の中でむすっと脹れながら、私も軽く身を乗り出して書簡の中身を確認した。
一見なんてことはない普通の文面が、つらつらと書き綴られている。
だが、よくよく読み込んでみれば、その中には精巧に別の通信文が織り込まれていた。
「はあ・・・、なるほどね・・・」
「なにが書いてあんだってばよー!?カカシ先生!」
「落ち着け、今説明する」
ここ、火の国から遠く離れた烈の国。
資源をあまり持たないその国は、絶えず貧困に悩み、国家情勢も常に不安定だった。
火の国とはいかなる条約も結んでおらず、詳しい状況は不明であるが、クーデター紛いの暴動があちらこちらで頻繁に起こっているらしい。
またその混乱に乗じて、荒くれ者や無法者、犯罪者に抜け忍達が多数流れ住み、好き勝手に街を占拠しているらしかった。
その中に大蛇丸達は巧妙に身を隠していたが、近々――、恐らくここ数日の内に、奴等に動きがあるとの事だった。
「動きって何なんだ?」
「音の里で、何やらいざこざが起こっててな。大蛇丸とカブトの奴が、一度音に戻るらしい」
「サ、サスケは!?サスケも付いて行くのか!?」
「いや。サスケの名は見当たらないな」
「じゃあ・・・じゃあ・・・」
「ああ、多分ね」
近い内に、烈のアジトにはサスケくんが一人いるだけになる――
もちろん、有象無象の手下達はいるだろう。
でも、そんなのは最初から目ではない。
サスケくんに接触できるのは今しかない。
ここにいる誰もが、同じ事を考えていた。