「カカシ・・・先生・・・」
「あーあ。どうしてオレ達が、いがみ合わなきゃいけないんだかねー」
そう静かに笑うカカシ先生の横顔は、ナルト以上に切ない。
私だけが苦しいんじゃない。
ナルトも、カカシ先生も・・・、そしてサスケくんだって、みんな心に傷を負っている。
永遠に解けない不条理の中で、悩んで、もがいて、苦しんで――
必死に自分なりの答を見出そうと、私達は喘いでいるんだ。
ゆっくりと、だが確実に心の中のわだかまりが解けていくのが分かった。
物々しい鎧をゆっくりと・・・、薄紙を剥がすように慎重に脱ぎ捨てていくたび、心がすうっと軽くなる。
なんだ。こんな簡単な事だったんだ。
素直になってしまえば―― 、自分の心に素直になってしまえば、こんなにも世界は、空は、街はキラキラと輝いて見えるんだ。
「ね・・・、カカシ先生・・・」
「んー?」
「・・・今更こんな事言って、怒られるかもしれないけど」
「なんだ?」
「また、私を一緒に・・・、任務に連れて行ってくれますか・・・?」
ほんの一瞬、カカシ先生が大きく目を見開いたような気がした。
真っ直ぐに投げ掛けられる視線に、素直に応える。
トクンと胸が高鳴る。
懐かしい・・・。
この瞳の色も、何もかも全てが、胸を打つほどに懐かしい。
不意に鼻の奥がツンとなって、慌てて目を逸らした。
くしゃりと鼻の頭に皺を寄せて、不恰好な微笑みを繕った。
「やっと、その気になってくれたか」
「はい」
「いやー、またサクラに振られたらどうしようって、なかなか声掛けられなくてさ」
「え・・・」
「この歳にもなると、結構ダメージ大きいんだぞ」
ガシガシと頭を掻きながら、安堵したようにカカシ先生が小さく笑った。
やっぱり、全部ばれていたんだ。
当たり前だよな・・・と自嘲しながら、こっそりと鼻を啜る。
先生は変わらないでいてくれる。
少なくとも私の知っているカカシ先生は、今も昔もちっとも変わっていない。
―― そんな安心感を抱かせてくれる面前の人に向かい、私は深々と頭を下げた。
「えっと・・・。いろいろありがとうございました。で、改めましてどうぞよろしくお願いします、カカシ先生」
「あ・・・?ああ、いや、こちらこそよろしく・・・」
ああ、やっぱりカカシ先生だ。
どこか緊張感を欠いた先生の返答に心が和み、思わず顔がほころんでしまった。
サワサワと葉擦れの音が一層高まる。
俯いた頭を、涼しげな夜風がふわりと撫でて通り過ぎ、気が付けば、薄絹を一枚一枚重ねるように、夜の闇がゆっくりとその深みを増していた。
なんて贅沢な気分なんだろう。
先生とこうして、ただ向かい合っているだけなのに、時の流れも、風の匂いも、全てがこの上なく贅沢だ。
幽かな星明りの下、風に乱れた髪を直す振りをして、私はそっと目蓋を閉じた。
さようなら。
私の中の、あの日のサスケくん・・・。
決してあなたを忘れる訳ではない。
いつだって心配している。
いつまでも気にしている。
あなたの抱える闇が、一刻も早く晴れるように願っている。
今のあなたが幸せになれるように、私も頑張るから。
今度こそちゃんと向かい合うから。
もう怯えたり、逃げたりしないから。
―― だから、あの日のサスケくんは、バイバイ。
チクッ――
名残を惜しむ淡い痛みが、細波のように全身へ押し広がる。
そのほろ苦い波紋を振り払うように、私は隣に立つカカシ先生を真っ直ぐに見上げた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも、何も語らない。
でも、それで十分だ。
やっと帰ってこられた・・・。
ぐるぐると散々道に迷って、ようやく懐かしい我が家に辿り着けた、そんな安堵感。
そう思えるここは、きっと私の大切な居場所になる。
確証はない。でも、確信はある。
だから、大丈夫。
私はもう、大丈夫。
にっこりと大きく笑って、両脚に力を込めた。
「えーい!」 そのまま一気に、傍らの木の天辺へ駆け上がる。
仄暗い大空。波打つ小枝。そして、勢い良く吹き抜ける夜風。
下で見守るカカシ先生に軽く手を振り、全身で風を受け止めた。
おもちゃのような街灯りが、キラキラと輝いて見える。
こんな光景さえも、ドキドキと胸が高鳴る。
「おー、随分と見晴らしがいいなあ」
程なく隣に降り立ったカカシ先生が、感嘆の声を上げた。
元より足場の限られた木の天辺。
バランスを取り合うため、知らず知らずに身体が触れ合う。
遠くを見渡そうと、姿勢を入れ替えた先生の手と私の手が偶然重なり、そして、どちらからともなくその手を握り締めていた。
それは、ごく自然に。なんの衒いもなく。
硬く、強く。
ポッと心に灯りが灯る。
さらさらと気持ちが研ぎ澄まされていく。
迷いや惑いが削ぎ落とされて、『好き』という透明な気持ちだけがしっかりと残った。
灯りを受けて、キラキラと眩しく反射した。
ありのままでいいんだね。
素直に好きと思っていて、いいんだね。
尋ねるように握った手を力強く返され、私は無性に安堵した。