「カカシ先生・・・」

「んー?」

「あの・・・ごめんなさい・・・」

「何だよ、急に」

「・・・・・・」

「別に、サクラに謝られる憶えはないけど」

「だって・・・、先生からの召集、何度も断っちゃったり・・・」

「あーあれね。先約があったんだから、しょーがないでしょ」

「先約・・・?」

「他所からも召集かかってたんだろ?」

「え・・・あの・・・」

「ははは・・・、『サクラはいろんな班から引っ張りだこなんだから、他をあたれ』って、けんもほろろに突っ撥ねられた。・・・いや、かえって悪かったな」

「・・・・・・」

「うんうん。サクラも頑張ってんだなー」



感心したようにニコニコ笑うカカシ先生に、私は言葉を失くしてしまった。

本当は、気付いているんだよね・・・。

でも、そんな素振りは全然窺わせない。

カカシ先生の気遣いがとても嬉しい反面、そんな気遣いをさせてしまっている自分が酷く情けない。



「そうそう。ナルトが、サクラによろしくって言ってたぞ」

「・・・ナルトが?」

「今度こそサスケをふん捕まえてやるって息巻いてねー。また自来也様と修行の旅に出掛けてった」



呆れたように肩を竦めたカカシ先生の横顔は、そんなナルトが頼もしくて仕方がないと物語っていた。

ニシシ・・・と、能天気に笑うナルトの姿が目に浮かぶ。

あれほど痛めつけられても、まだ諦めずに前進できるなんて・・・。

どこまでお人好しにできているのか。

羨ましいほどのプラス思考と、馬鹿が付くほどの頑固な性格。



「いいわよね、ナルトは・・・。何の悩みもなさそうで・・・」



いつだって前向きで、お気楽で。

自分に絶対の自信を持っていて。

もしも私がナルトだったら、こんなうだうだと悩む事もなかっただろうに。



「・・・本当に、そう思うか?」

「えっ?」

「アイツが本当になにも考えてないと、そう思えるか?」

「え・・・、ち、違うの・・・?」



どこか無表情な目付きで、先生は遠くを眺めている。



「もしかしたら・・・、今一番この状況を絶望してるのは、ナルトかもしれないぞ」

「・・・どうして・・・?」

「アイツはさ、オレもサクラも知らないようなどす黒い絶望を、今まで散々味わってきたんだ」

「・・・あ・・・」

「サクラも知ってるだろ?ナルトの腹ん中の九尾の事は」

「うん・・・」

「生まれて直ぐにそんなの押し込められて、それでもって、周囲から守ってくれるべき庇護者を、バタバタと相次いで失って――

「・・・・・・」

「とんでもない地獄だったろうなあ・・・。里の連中は、四代目の真意なんて知らされてないからさ」

「・・・うん・・・」

「寄ってたかって、その怒りや憎しみの捌け口をナルトに差し向ける。・・・ま、分からなくもないが、ナルトにしてみれば、身に覚えのないものばかりだろ」

「そうだね・・・」

「どうして自分は疎まれるのか。どうして自分は忌み嫌われるのか。誰もその訳を教えてくれずに、ただ白い目で見るばかりで」

「・・・・・・」

「物心ついた頃から、ずっとそんな生活だった。―― だから、ナルトには見えちゃうんだよ。人間の持つ悪意だとか、憎悪だとか」

「・・・・・・」

「人間の一番醜い部分ばかり見せられて育ってきたからね。嫌でも人一倍敏感になる。・・・だから、今だってよくよく見えている筈なんだ」

「・・・そう・・・なの・・・?」

「ああ。里の思惑も、サスケの復讐心も、身に摘まされるようによく分かる。だからこそ、絶対に『希望』を―― 失わないんじゃなく、失えない」

「・・・・・・」

「あり得ないような僅かな望みでも、必死にそれに縋るしかない。そうしなきゃ救われないから・・・。だから、アイツは前だけを見るしかないんだ」

「・・・・・・」

「オレ達みたいに、『今』を見詰める選択肢は、ナルトには与えられてないんだよ」



『サークラちゃーん!』



能天気な馬鹿笑いが、切ない泣き笑いとピタリと重なる。

そうだった。

ナルトと私とでは、背負っているものの重さが全然違う。

『サスケくんを助けるんだ』 と口を揃えてみたところで、その決意には、雲泥の差があって当たり前。



「私・・・、今まで何を、やってたんだろう・・・」



サスケくんを助けたくて、医忍を目指して。

一つでも多くの技を覚えようと、我武者羅に頑張ってきて。

でも、いざその場に立ち会った途端、いろいろ思い惑ってしまって。

そして、その影をいつまでもずるずると引き摺って。



「カカシ先生、私ね・・・」

「ん?」

「私、あの時・・・。サスケくんは、木の葉に戻って生き恥をさらすより、私達の手でけりを付けた方が絶対いいに決まってる・・・。そう考えてた」

「ん・・・」

「その方が、絶対サスケくんの為だって・・・。その方がサスケくんも幸せだって・・・そう思い込んでた」

「ああ」

「でも・・・、本当はそれも違ってたんだ」

「・・・・・・」

「本当は・・・、本当はね、私・・・」



『 私ノ サスケクンヲ 奪ワナイデ――

アノ日ノ サスケクンヲ 穢サナイデ――



あの時、私は自分の心の声をはっきりと聞き取っていた。

もうどんなに手を尽くしても、昔のサスケくんには戻らない。

そんな事実を目の当たりにして、私は激しく絶望していた。

サスケくんの為ではなく、自分の為にサスケくんを葬り去りたいと願ってしまった。

思い出の中のサスケくんを守りたくて、目の前のサスケくんに刃を向けてしまっただけなんだ。



「自分勝手な理由で・・・よりにもよって、命を奪いたいなんて・・・医忍・・・失格だよね、私」

「いや・・・、サクラはよく頑張ったぞ」

「・・・・・・」

「傷や怪我を優しく癒すだけが、医忍の務めじゃないだろ?」

「でも・・・」

「サスケみたいに、人の話を素直に聞けない奴にはさ。あれくらいしてやって十分だよ」

「・・・・・・」

「普通に『木の葉に戻れ』って言って、大人しく奴が戻ってくるか?・・・どうせ戻りゃしないんだ。あれくらいどうってことないって」

「・・・そう・・・かな」

「ああ。サクラの本気は、間違いなくサスケに伝わってる。理由はともあれ、サクラの行動は間違ってないよ」

「・・・・・・」



ポケットに手を差し入れ、風に吹かれたまま、カカシ先生が言葉を続ける。



「お前は、木の葉の忍として採るべき道を採った。サクラがいろいろ背負い込む必要なんてないんだ。・・・だから」

「・・・・・・」

「だから―― 、もう一人っきりで、泣くな・・・」



淋しそうなカカシ先生の呟き声が、静かに空へと吸い込まれていった。

いつの間にか陽はすっかり傾き、蒼い闇がゆっくりとその色合いを深めている。

先生の言葉を心の中で反芻する。

こんな私でも、いいのかな。

ありのままでいても、いいのかな。

じっと風を受け止め、懸命にその答を模索した。