(・・・あれ・・・?)



―― 最初は、気付かなかった。

しばらくして、その違和感に思い当たった。

いや、違和感と呼べるほど、はっきりとしたものではない。

ただ、何かが頭の片隅で揺らいでいた。

それは例えるならば、曖昧な記憶の残骸のようなもの。

何かが引っ掛かっている。

思い出したくても思い出せない、そんなもどかしさがじわじわと湧き起こる。

首を傾げ、しつこく手を握り返してみた。



「ん?」

「・・・・・・」



怪訝そうに繋いだ手を睨みつける私を、これまたカカシ先生が怪訝そうに見下ろす。

ああ、何だろう・・・。

すぐそこまで出掛かっているのに、どうしても思い出せない。

苛付いて眉を顰めた私の顔を、「具合でも悪いのか?」 と、カカシ先生が覗き込んできた。



「具合が、悪い・・・」

「サクラ?」

「具合、悪い・・・病院・・・・・・、あっ!」



一瞬、鼻をつく消毒薬の匂いが脳裏をよぎった。

これは、カカシ先生に付き添った時の・・・。

・・・ううん、違う。そんな昔じゃない。

もっと最近。もっと最近、病院で何か・・・。



「え・・・まさか・・・」

「な、なんだよ」



よく分からない・・・。もしかしたら違うのかもしれない・・・。

ただの思い過ごしだったら恥ずかしい。

でもやっぱり、他に思い当たるものが見付からない。



「せん、せ・・・」

「・・・・・・どうした?」

「もしかして、その・・・」

「・・・・・・」

「ああ、でも違うかもしれない」

「何が?」

「間違ってたら、ごめんなさい」

「・・・だから、何がだよ?」



カカシ先生の口調が急につっけんどんになったのは、私の気にし過ぎなんだろうか。

こんな馬鹿げた事言い出しにくいな・・・と、激しく躊躇いながら、それでもやはり気になって仕方なく、もじもじと上目遣いながら、何とか言葉を繋いだ。



「あの・・・、前にナルトが言ってた事なんだけど・・・」

「・・・・・・」

「ねえ、あれって・・・、本当・・・?」

「・・・本当って・・・?」

「だから・・・、私が入院中・・・、先生がよくお見舞いにって・・・」

「あ、ああ・・・それねえ・・・」

「そう・・・」

「あー・・・えーと・・・」



肯定とも否定とも取れない、煮え切らない返事だけが返された。

カカシ先生にしては珍し過ぎる。

それって、はっきりと否定してしまっては、私が可哀想だから・・・?

それとも、私の次の質問が、カカシ先生には容易に想像できてしまうから・・・?

勇気を出して、もう少し切り込んでみる。



「じゃ、じゃあ、もしもそうだったとして・・・。その時、やっぱりこんな風に・・・?」

「・・・こんな、風に・・・?」

「うん・・・。こんな、風に・・・」

「・・・・・・」



ギュッと掌に力を込める。

あれ・・・。先生、凄い汗掻いてる・・・?

手甲をしているのに、はっきりと分かるほどのカカシ先生の動揺。

もしかしてカカシ先生も、私と同じく、今にも心臓が口から飛び出しそうなんだろうか。

・・・どうしよう。勝手に口元がほころんできちゃう。



「そ、それってもしかして、前に私がそうしたから・・・? もしかして先生、あのときのお返し・・・」

「・・・・・・」

「ね・・・、カカシ先生・・・」

「・・・・・・」

「・・・せん、せ・・・?」

「あー、もう参ったな・・・」



観念したように肩を落とし、微かに目を泳がせながら、カカシ先生が白状した。



「き、気休め程度には・・・、なっただろ・・・」

「え・・・じゃあ・・・」

「はいはい・・・。全てご推察の通りです」

「え・・・本当に?」

「・・・本当で、悪かったな」

「ううん、悪くない悪くない!全然悪くない!」



ああ、やっぱりそうだったんだ。

気を失っている私の傍で、ずっとこの手を繋いでいてくれたんだ。

私が闇に攫われてしまわないように。

ちゃんと帰り道を見失わないように。



「や、まあなんだ・・・。サクラみたいに、直接チャクラを流し込むなんて器用な芸当はできなかったけどな・・・」

「へえ。さすがのカカシ先生でも、医療忍術は無理だったんだあ」

「ああ、チャクラの質が全然違うからね」



「やれやれ・・・」と、情けなさそうな照れ笑いを顔一杯に広げて、カカシ先生が上を向く。



「なんかあれ以来、病院の奴等に生温かい目で見られるんだけどさ・・・。なんでだろうね」

「なんでって・・・」



「そんな悲惨な顔してたかな・・・」 納得がいかないとばかりに、先生は天を仰いでいるが。

カカシ先生には黙っておこう。

私が行ったのは医療忍術だ。医療行為で、カカシ先生の手をずっと握り締めていたんだ。

でも、カカシ先生は違う。

先生は純粋な好意だけで私の手を握っていてくれた。



「ふ・・・ふふふっ・・・」

「・・・笑うなよ」



不貞腐れた声が、胸に沁み入る。

しっかりと力強く握り締められたままの手。

温かい・・・。

涙が零れそうなくらい温かった。



「でもさ。早く良くなってくれって思いは、サクラと同じだった筈だぞ」

「うん、そうだね」



ブンブンと勢いをつけて腕を振る。

今なら飛べる。今度こそ飛べる。

だって、こんなにもワクワクしている。ドキドキしている。

あの星だって、手を伸ばせば届きそうなほどこんなにも近いんだから――



「えーい!」

「お・・・・・・おああああああーー!?」



だって、分かってるから。

カカシ先生なら絶対・・・、絶対にこうしてくれるって分かってるから。



迫り出した木の枝から、公園の真下まで――

突如無謀なダイビングを敢行した私を、先生は身を挺して守ってくれた。

ゴロゴロと、足場の悪い斜面を小石が転がる中、私を胸に抱え、懸命に体勢を立て直す。



「な、何だよ急に・・・!」

「えへへへ」

「あのなー。飛ぶなら飛ぶって、ちゃんと前もって言えよ!」

「はーい」

「はーいって、お前ねー・・・。昼間ならともかく、こんな足場の見えにくい時間に一体何考えて――

「だって信じてたもん」

「は・・・?」

「先生、驚かせちゃってごめんなさい」

「・・・はああ・・・」



全く悪びれそうにない私に呆れ果てたのか、カカシ先生が思い切り脱力した。



「・・・ったく、どこまで心配させれば気が済むんだよ、お前は・・・」



困惑と安堵とほんのちょっぴりの怒りを織り交ぜ、カカシ先生の腕に力が籠もる。

ぎちぎちと身動きが取れないほど身体を抱き竦められ、私は大人しく先生に従った。



明日はもう無茶なんかしない。

明日はもう先生を困らせない。

だって、私は答を見つけたんだから。

もう迷っている暇なんかないんだから。



「先生・・・ありがとう・・・」

「・・・・・・」



ゆるゆるとベストの端に腕を伸ばす。

硬い布地を遠慮がちに握り返した私に、少々乱暴なカカシ先生の腕が、ギュッと小気味よく応えてくれた。






キラキラ・・・キラキラ・・・

カカシ先生の肩越しに仰いだ一番星。



明日は、今日以上に・・・

キラキラと輝いた一日でありますように。