ドキドキと胸が高鳴る。
ニヤニヤと勝手に頬の筋肉が緩み出す。
先生の帰りを待ちかねて、公園の頂上にそびえ立つ一番の背高ノッポの木によじ登った。
「よーし・・・!」
更に視点が高くなる。
豆粒みたいな遠くの緑が、どこまでも果てしなく連なって見える。
そこから伸びる一本道。
やがて大門へと通じるその道を、尋ね人の姿がないかどうか必死に目を凝らして探し続けた。
どこだろう・・・。どこを歩いているんだろう、カカシ先生・・・。
予定の時刻はとっくに過ぎている。
途中で何かあったのかな・・・。
考えたくはない事が、頭の片隅をチラッと横切った。
ジリジリと気ばかりが急いて、なかなか時が進もうとしない。
痺れを切らし、よじ登った木の天辺から、更に背伸びをして遠くを見渡す。
ピュウピュウと頭上を吹き抜けていく緑色の風。
初夏の息吹が眩しいほど目に飛び込んできて、思わず目を細めた。
頬に纏わり付く髪を、何度も振り払う。
祈るように、門の先を見詰め続ける。
・・・やがて、数人の人影が、ゆっくりとこちらに近付いてきた。
じっと見開いていた両目を、更に大きく見開いた。
「あ・・・」
いた。カカシ先生だ。
あまりに小さくて、表情などは一切分からない。
でも、確かな足取りははっきりと見て取れた。
他の人達と談笑でもしているのか、ポケットに両手を差し込んだまま、ゆっくりとこちらに向かっている。
懐かしい歩調。相変わらずのポーズ。
無造作な髪型が日の光を反射して、キラキラと小さな宝石のように輝いていた。
一層、胸が高鳴った。
木から飛び降り、慌てて先生達の方に向かおうとして・・・、
ふと、思いとどまった。
上手く言葉には言い表せない。
でも、このままここから、そっと見送りたいと思ってしまった。
「お帰りなさい」とか、「元気だった?」とか、伝えたい言葉は山ほどあった。
でも、カカシ先生の姿を見ているうちに、言葉は全部溶けてなくなっていた。
怖気付いた訳ではない。
ただ、胸が一杯になってしまっただけだった。
多分、カカシ先生は私に気付かないだろう。
私と先生との距離は、かなりある。
しかも、普通に真っ直ぐ前を見て歩いていたら、絶対に目に留まらない場所に私は立っていた。
それでもいいんだ。
だって、カカシ先生に一目だけでも逢えたんだから。
元気そうにしているカカシ先生を確認できて、本当に良かった・・・。
門の警備に立つ忍と二言三言言葉を交わし、先生達は街の雑踏の中に消えようとしていた。
ちょっとだけ名残惜しい気持ちで、小さくなっていく後姿を見送り続けた。
ふう・・・と、小さく溜息が漏れ出る。
「こら!しっかりしろ!」
ブンブンと勢いよく頭を振って、なんとか気持ちを奮い立たせた。
カカシ先生・・・。私も私なりに頑張っているよ。
今度は絶対失敗しないから。
みんなの足を引っ張らないよう精進するから。
だからね、また一緒に任務に連れていってほしい・・・。
いつか、絶対、約束ね・・・。
心の中で、カカシ先生に想いを伝える。
その時――
どんどん遠ざかっていくカカシ先生が、ゆっくりと後ろを振り向いた。
(え・・・?)
まさか、ね。
気のせいかもしれない。
でも、こっちをじっと見上げているような気がする・・・。
最初はおずおずと・・・。
やがて、大きく腕を振って合図を送ってみた。
緩やかに、カカシ先生の片手が持ち上がる。
そして、またゆっくりと前を向き、歩き出していった。
「うわっ・・・」
ちゃんと気付いていたんだ、私の事・・・。
「へへ・・・、しゃーんなろぉーーっ!」
それだけで、もう私は天にも舞い上がれそうな気分だった。
今ここからジャンプしたら、絶対に私は空を飛べる――
そんな奇妙な自信が溢れ出るほど、目の前の景色がパーッと明るく冴え渡った。
思わず木の天辺でピョンピョン飛び跳ね、胸に抱えた紙袋から中身が危うく飛び出しそうになる。
慌ててそれらを抱え込み、ヒュン・・・と元気よく地面に降り立った。
時間にすれば、ほんの数分。
それでも、私にとっては宝物のような数分間だった。
ゆっくりと潮が満ちていくように、嬉しい気持ちが身体中に染み渡っていく。
「カカシ先生・・・」
先生の姿を思い描いて、跳ねるように丘を駆け下りる。
そのまま一気に街中を駆け抜け、アカデミーの門を勢いよく潜り抜けた。
一足先に到着していたカカシ先生が、驚いたようにこちらを振り向く。
「おおっ。もう追い付いちゃったの?さすがサクラだねー」
「えへへー。カカシ先生、お帰りなさい!」
やっと、言えた。
弾んだ息を静めようと、抱えた荷物でギュッと胸を押さえ込む。
早過ぎる鼓動は、決して走ってきたせいではない。
間近にカカシ先生を仰ぎ見て、じわじわと幸福感に包まれた。
「ん、ただいま。・・・じゃ、また後でな」
「はい」
片手を挙げ、建物の中に消えていくカカシ先生をいつまでも見送り続けた。
呆けたように立ち尽くす私を、みんなが不思議そうに眺めて通った。
これだけの事にワクワクしている。
身体が震えるほどドキドキしている。
別れ際に見せてくれた笑顔が、くっきりと脳裏に焼き付いて離れない。
袋で顔を隠し、キャーキャー喚きながら綱手様の許へと急いだ。
有り触れた日常に埋もれてしまいそうな、こんなちっぽけな喜び。
それでも、自分でも呆れるほどに心が舞い上がって仕方がなかった。
チク・・・
針の先で突付いたような、鋭い痛みが胸に走る。
「・・・・・・」
思わず顔が青褪め、私はその場に立ち竦んでしまった。
今の今まで浮かれ躍っていた気持ちが、一瞬で消え去った。
またあの声が聞こえる。
頭の中でガンガン鳴り響く。
『ウラギリモノ――』
それは、私の中のもう一人の私が、冷ややかに私を見下しているサインだった。