私の様子に安心したのか、ナルトが少しだけ表情を改める。



「な、サクラちゃん」

「なに?」

「オレってばぜってー諦めねえ。この次こそ必ずサスケをふん捕まえてみせる」

「・・・・・・」

「そんでもって綱手のばあちゃんに頭下げて頼み込んで、ぜってーサスケを赦してもらうから」

「・・・・・・」

「この前は、ちっとばかし油断しちまったけどよ。この次はぜってー負けたりしねえ。今度こそサクラちゃんとの約束を果たしてみせっからさ」

「・・・うん・・・」

「だから、サクラちゃんも早く元気出してくれってばよ」

「・・・ナ・・・ルト・・・」

「次こそ必ず・・・!なっ、サクラちゃん!」



「ニシシシシシ・・・!」 グルグル巻きの手で、ビシッとガッツポーズを決めるナルト。

前にも増して眩しい笑顔に、思わず視線を逸らしてしまった。

あんな目に遭ったというのに――

サスケくんの本心をこれでもかと知らされても、それでもまだ希望を持てるというのだろうか。



「ナルト・・・。あの約束は、もう忘れ――

「駄目だ!」

「え・・・?」

「何言ってんだってばよサクラちゃん・・・。オレ達が助けてやんなかったら、誰がアイツを助けんだってばよ!」

「・・・・・・」

「オレ達が信じてやんなかったら、誰がアイツを護ってやれるんだってばよ」

「そ、それは・・・」

「木の葉に戻ったら周りは敵だらけって事くらい、オレだって分かるってばよ・・・。でも、だからってアイツをこのまま見捨ててもいいのかよ」

「・・・・・・」

「一回くらい負けたからって何なんだ。また頑張りゃいいって事だろ?これくらいでへこたれてちゃ、いつまでたってもサスケにゃ追いつけねえ!」

「・・・・・・」

「な、そうだろ。サクラちゃん」



身が竦むような真摯な視線に、返す言葉が見付からない。

ああ、本当に・・・。

本当にナルトは、どんな事があっても絶対に希望を失ったりしないんだ。

どんな苦難が待ち構えていても、まっすぐに前だけを見据えて、どんどん突き進んでいこうとする。

決して自分の言葉を裏切らない。どんな事があっても信じて疑わない。



・・・なのに、私は。

私はあの時、一片の迷いもなくサスケくんの命を奪い取ろうと考えてしまった。

任務の趣旨を逸脱し、自分の思惑を成し遂げようと勝手に先走ってしまった。



「ナルト・・・」



酷く打ちのめされた気分だった。

私もナルトもサスケくんの身を案じ、その曇った眼を覚まさせたいと、あれほど願っていたというのに。

いつの間に、こんな大きな隔たりができてしまったんだろう。

サスケくんだけではなく、ナルトまでもが物凄く遠い存在に思えてくる。



「・・・・・・」

「え・・・。あ、あれ・・・?サクラちゃん・・・?」



涙が滂沱と溢れ出す。

慌てたナルトがオロオロと言葉を捜している。

時の流れは残酷だ。

今まで必死に目を逸らしてきた真実を、これでもかと突き付けてくる。

私が憧れていたサスケくんは、いつだってぶっきら棒な顔をして・・・、でも、ちゃんと私達の事を気遣ってくれていた。

詰まらない事でいろいろ張り合ったり喧嘩したりしたけれど、心の底ではしっかりと信頼し合っていた。

・・・でも、あそこに居たサスケくんは違っていた。

私達を忌むべき敵とみなし、何の躊躇いもなく刃を差し向けてきた。

脅しでも威嚇でもなく、本気で私達を葬り去ろうとしていた。

あの時、私は気付いてしまったんだ。

この人はサスケくんではない。彼によく似た赤の他人なんだ、と・・・。



「くっ・・・うぅっ・・・」



嗚咽が止まらず、慌てて毛布を頭から被る。

・・・そうなんだ。

私にとってのサスケくんは、過去を生きる十三歳の少年のまま。

決して、あの場にいた今現在の彼ではない。

この絶望的な食い違いが、一体何を意味するのか――

その意味を悟った途端、全身が粉々に砕け散った。



気付きたくなかった。

一生、気付かないままでいたかった。

思考が、感情が、私の自我までもが無残なまでに崩壊していく。

時の流れは戻せない。

どんなに悔やんでも遣り直せない。

私の追い求めていたサスケくんは、遠い遠い過去の思い出。

どんなに会いたくても、もう会う事は叶わない。

この地の果てまで追いかけたって、もうどこにも存在しない。



私のサスケくんは・・・。

私のサスケくんは、もう・・・。



もうどこにも、居やしないんだ――



「ご、ごめん・・・。一人に・・・して・・・」



涙でくぐもった声を、必死に振り絞った。

戸惑うナルトの気配が、毛布越しに痛いほど伝わってくる。

ごめんね・・・。でも今は誰とも顔を合わせたくない。

一人っきりで、気が済むまでこうしていたい。



「サクラちゃん・・・」

「・・・行くぞ、ナルト」



ナルトの手が、遠慮がちに伸ばされ―― 、触れることなく遠ざかっていった。



「・・・また、来るってばよ・・・」



名残惜しげな気配を残し、やがて、カラカラ・・・と静かに扉が閉められる。

ひっそりと静まり返る一人ぼっちの空間。

押し潰されそうな孤独を感じ取った途端、今まで我慢していたものが一気に噴き出した。



「うぅ・・・うあぁぁぁーー・・・!」



毛布に包まったまま、何度も何度も声を張り上げた。

涙でぐしょぐしょのシーツに爪を立て、引き千切れるほど強く握り締めた。

ガクガクと全身が激しく震える。

血が噴き出すほど、拳を叩き付ける。



ずっと憧れたままでいたかった。

ずっと夢を見ていたかった。

ずっとずっと大切に心の奥へ仕舞っておきたかったのに・・・。



身体の中が空っぽになるほど、幾度も絶叫を繰り返す。

記憶の中のサスケくんが、切ないほど優しく笑いかける。

くぐもった悲鳴に喉が潰れた。

でも、私は泣く事を止められなかった。