―― 目が覚めると、白く殺風景な部屋にいた。
微かに鼻をつく消毒薬の匂い。
見慣れた壁紙。飾り気のない蛍光灯。
僅かに視線をずらせば、物々しいまでの点滴バックとチューブが目に飛び込んできた。
・・・どうやら私は、木の葉病院の一室に寝かされているらしい。
直ぐには、状況が理解できなかった。
どうしてこんな所にいるんだろう・・・。
頭の奥がシクシク痛み、視界もぼんやりと白く霞んでいる。
何があったのか思い出そうとした途端、呼応するように全身がズキズキと悲鳴を上げた。
「・・・つっ!」
ガラガラに嗄れた声が、喉の奥に引っ掛かる。
口の中が乾き切っていて、上手く声が出せなかった。
相当なダメージを負っているらしかったが、肝心のその原因が思い出せない。
何が何だか訳が分からず、モヤモヤとした不安ばかりが次々と込み上げてきた。
「サクラちゃん!?」
眩しい金色の塊が、ひょっこりと視界に飛び込んでくる。
くるくると忙しく動く青い瞳が、やけに懐かしい。
どうして、ナルトがこんな所に・・・?
訳を考える間もなく、見慣れたもう一人の顔が、ゆっくりと視界に現れた。
「気が付いたか」
「先生・・・、ナルト・・・?」
「どうだ、気分は」
「うん・・・」
二人の顔をぼんやりと眺めているうちに、朧げながらも事の顛末を思い出した。
ゆっくりと記憶の歯車が噛み合い始める。
ポツリ・・・ポツリ・・・と浮かび上がる途切れ途切れの記憶の断面。
それらを必死に手繰り寄せては、一つの構図になるように懸命に繋ぎ合わせていく。
薄暗い地下室・・・。
太刀を手に待ち構えるサスケくん・・・。
躊躇いなく首に付けられた刀傷・・・。
そして、赤々と燃え盛る双眸の写輪眼・・・。
よく見ると、ナルトの身体には包帯やら何やらが、所狭しとグルグル巻き付けられている。
カカシ先生も一見元気そうだが、マスク越しに覗く頬は、げっそりと削ぎ落とされていた。
二人とも、私を気遣う笑顔がやけに痛々しい。
あれから一体どうなったのか、サスケくんはどうしているのかと、言問いたげに目で訴えた。
「・・・・・・」
ナルトの顔が、ふっと曇る。
カカシ先生も静かに視線を落とすと、僅かに首を横に振った。
「・・・そう・・・」
やっぱりな・・・。
溜息とも似付かぬ長い息を、ゆっくりと吐き出す。
不思議と、残念という思いは見当たらなかった。
―― いや、明らかにホッと安堵している自分がいた。
サスケくん・・・。
また、何処かへ行ってしまったんだね。
もしかしたら、心のどこかでこうなる事を願っていたのかもしれない。
不本意な幕引きかもしれないが、キッパリと決着をつけずにすんで良かった。
「ごめんサクラちゃん・・・。オレってば、また約束守れなかった・・・」
「・・・いいのよ。気にしないで、ナルト」
申し訳なさそうに頭を垂れるナルトに、ゆっくりと微笑みかけた。
ギリギリと歯噛みするナルトの気持ちもよく分かる。
でも、私達は明らかに力負けしていた。
あれが呪印の力によるものなのか、それとも彼本来の実力によるものなのかは、分からない。
分からないが、とにかく私達には、全くと言っていいほど歯が立たなかったのだから、ナルト一人が責任を痛感する必要はない。
「怪我は・・・、大丈夫なの・・・?」
「ああ、ぜーんぜん平気!こんなの怪我のうちに入んねーってばよ!」
いつもの調子でニカッと笑い、ついでに腕の傷口を威勢良くぺチンと叩いてみせてくれたのだが。
「・・・いっ・・・・・・痛ってぇぇぇぇー!!」
「え・・・?ちょっ・・・ナルト!?」
「う・・・うがぁぁ・・・」
予想外の激痛に床へ崩れ落ちるナルトの襟首を、カカシ先生が手荒に引き摺り上げた。
「何やってんだよ。お前だってまだまだ病み上がりなんだから、少しは考えろ」
「イ・・・イデデデッ・・・!も、もう少し優しく・・・、カカシ先生・・・」
「あー?十分優しくしてるだろうが」
「こ、これのどこが優しいんだってば・・・」
明らかにわざと痛がらせているカカシ先生を、ナルトが恨めしそうに横睨みする。
「カカシ先生ってば、随分な差なんじゃねーの?」
「・・・何がだよ」
「へーんだ。バッチリ心当りあるクセによぉ・・・」
なぜか意地悪そうな笑みを浮かべて、ナルトがコソコソと耳打ちしてきた。
「聞いて聞いてサクラちゃん。カカシ先生ってばさ、すっげー冷てぇんだってばよ・・・」
「え・・・どうしたの?」
「オレもさー、隣の病室でずっと寝てたんだってばよ。・・・なのに、先生ってば全然見舞いに来てくんねーの」
「・・・それって、カカシ先生なら普通なんじゃ・・・」
きっとカカシ先生の事だから、今回の任務の他にも、いくつか掛け持ちで請け負っているに違いない。
私達の命に別状がなければ、まずはそちらの任務を優先させるだろう。
別にカカシ先生が冷たいからではない。
里の上層部が先生を放っておかないだけだ。
「チッチッチッ。それが違うんだなー、サ・ク・ラ・ちゃ・ん」
「お、おい・・・!ナルト!」
「あー、もうウッセーてばよカカシ先生。・・・あのさあのさ、サクラちゃんとこには、しょっちゅう来てたんだって」
「え・・・?」
「なのに、なんでオレんとこには全然来る暇ねーのか、それが不思議で不思議で・・・。なあ、カカシ先生?」
「あ、あのなあ・・・。お前とサクラじゃ、怪我のレベルが全然違うだろうに・・・」
へえ、そうだったんだ・・・。
ニヤニヤと口元を緩めるナルトに、珍しくカカシ先生が動揺を隠せないでいる。
なんだか意外なものを見せられた気分だった。
「・・・だ、大体ね。お前は放っといても九尾の力ですぐ治るから、別に心配なんていらないんだよ」
「あーっ、ひっでぇー!オレに、『九尾の力に頼るな』 って言ったのカカシ先生じゃん!」
「ばーか。オレの言葉を額面通りに受取ってどうする。どうして裏の裏が読めないんだよ。・・・使えるものは、ありがたく何だって使え」
「なー!?オレばっか、すっげー冷てぇだろっ!?何だってばよ、この落差は・・・」
大袈裟にナルトが嘆き悲しみ、カカシ先生は空々しくとぼけていた。
二人の遣り取りを目にしているうちに、僅かずつだが心が和み始める。
カカシ先生のお見舞いが、本当なのか嘘なのかは分からない。
でも、二人とも私の気を引き立てようと頑張ってくれている事は、痛いほど伝わってきた。