もしもこのまま、サスケくんをイビキ隊長の許へ引き渡したならば・・・。
尋問という名の拷問にかけられ、そして、見せしめの為に惨たらしく処刑されるのだろう。
或いは僅かばかりの恩情で、暗くジメジメとした牢獄に繋がれ、一生辱めを受け続けるのかもしれない。
・・・どちらにしろ、サスケくんは、もう二度と日の目を見る事はないんだ。
後ろ盾のない一族の残党に、好き好んで手を差し伸べる酔狂者は、今や木の葉には存在しない。
過去の栄光も、名門の血筋も、彼と彼のお兄さんの罪の前には、もはや何の役にも立たなかった。
もう、木の葉の地に、サスケくんの未来は残っていない――
果たして、そんな堕ちた運命を、サスケくんが唯々諾々と受け入れるだろうか。
プライドを打ち砕かれ、地を這い回りながら辛酸を嘗め続けるような真似を、彼がよしとするとは到底思えない。
だから、これほどまでに木の葉の追っ手を、無慈悲に、邪険に、追い返せるのだ。
たとえそれが、かつての仲間であったとしても・・・。何の躊躇いもなく・・・。
それならば・・・。
それならば、今この場で全ての決着をつけてしまう方が、サスケくんの為になるのかもしれない。
私がどう思いあぐねてみても、賽はとうに投げられてしまっている。
一生生き恥を曝す人生など、彼は決して望んではいない筈。
もう二度と、私達と共に未来に向かって歩めないのならば・・・。
せめて、私達の手で。
かつて仲間だった私達の手で、潔く全ての決着をつけてしまう。
それが、私達にできる、せめてもの友情の証かもしれない――
項垂れた首を、ゆっくりと持ち上げた。
あれからずっと、息を吐かせぬ戦いが繰り広げられている。
サスケくんは、カカシ先生とナルトに気を取られていて、私にはまるで無防備になっていた。
いけるかもしれない・・・。
この機を逃さなければ、必ず私達に勝運が訪れる・・・。
静かに拳に力を溜めた。
そして、サスケくんの背中を目掛け、一気に走った。
「っ!?」
驚いたサスケくんがこちらを振り向く。
ほんの一瞬だけ隙が生じる。
そのタイミングを見計らい、サスケくんの腕にチャクラを解き放った。
「ぐああっ!」
反動で、自分も弾かれそうになった。
しかし、必死になって食い下がり、尚もチャクラを流し続けた。
まだまだ師匠のような大技はできないが、一時的に神経を麻痺させるくらいならできる。
数分間だけでも、サスケくんの動きを食い止められれば、何とかなるかもしれない。
ギラギラとした瞳が、私に呪詛の言葉を叩き付ける。
だが、サスケくんの勢いは、目に見えて衰え始めた。
躊躇うな、サクラ。
覚悟を決めろ。
大きく息を吸い込むと、改めてクナイを握り締めた。
手の平の汗が止まらない。
思わず滑りそうになる鉄の塊が、やけに重たく感じられる。
「サクラ、無理するな!」
「サクラちゃぁぁーん!」
二人の叫び声が、耳を掠める。
ほんの一瞬、気持ちが揺らぐ。
大丈夫。やれる・・・。
絶対に、やれるから・・・。
この先、辛い思いをするのは私だけでいい。
カカシ先生もナルトも、もう十分に心を痛めてサスケくんと戦った。
私だけが傷を負わずに、事を終わらせる訳にはいかない。
二人の声を押し切り、素早くクナイを頭上に振り上げる。
そして、歯を食い縛ると、一気に腕を振り下ろした。
「駄目だ・・・!止せ、その目を見るなああ・・・!」
切羽詰ったカカシ先生の叫び声が、ぐんぐん近付いてくる。
その刹那、計り知れない衝撃が私の全身を貫いた。
「・・・っ!」
鈍色の刃が、弧を描いた。
憤怒に駆られた赤い瞳が、まざまざと私を捉えていた。
カカシ先生が、脇から突き飛ばすように割って入る。
ナルトが泣きそうな顔をして、腕を一杯に伸ばしてくる。
全ては、ほんの一瞬の出来事。
なのに、私の目には、壊れたスローモーションフィルムのように、ぎこちなく映ってみえる・・・。
「・・・・・・」
サスケくんの、写輪眼・・・。凄い久し振りだな・・・。
こんな時なのに、思わず見惚れそうになっちゃったよ・・・。
やっぱり・・・格好良いね・・・。サスケくん・・・。
ゆっくりと世界が暗転する。
天井と地面がグルグルと入れ替わる。
サスケくん・・・。
いつだって、私達のアイドルで・・・、アカデミーの授業中、競うようにあなたの姿を追い掛けていた・・・。
下忍になって、同じ班になれて・・・、私、どれだけ嬉しかった事か・・・。
どんなに辛い事があっても・・・、明日またサスケくんに会えるってだけで・・・、私、本当に・・・頑張れた・・・。
修行中、二人の体力についていけなくて・・・、こっそり悔し泣きしていた私を・・・、さり気ない振りをして・・・何度も励ましてくれたよね・・・。
私・・・、絶対に忘れない・・・。
あの頃のサスケくんを・・・、私、絶対に・・・忘れない・・・から・・・。
バランスを失い、激しく床に叩き付けられた。
サスケくんに乱暴に掴み掛かるナルト・・・。
怒りの矛先をナルトに差し向けるサスケくん・・・。
嫌だなあ・・・、男の子って・・・。
どうして、喧嘩ばかりしてるんだろう・・・。
これじゃ、昔と・・・ちっとも変わらない・・・。
いつまでたっても・・・、ヤンチャ坊主のままなんだから・・・。
本当に・・・呆れちゃう・・・。
「・・・・・・」
もしも・・・。
もしも、昔に戻れたら・・・。
また、あの頃に戻って・・・やり直せたなら・・・。
今度こそ私達・・・本当の仲間に、なれるかな・・・。
「・・・なれると・・・いいね・・・。サスケくん・・・」
手から滑り落ちたクナイが、コロコロと転がっていく。
激しい怒号が、遠くで飛び交っている。
薄れいく意識の中、最後に映ったサスケくんの姿は、どこか淋しげに笑っているように見えた。
どことなく、あの日のサスケくんに似ていると思った。
『サクラ・・・ありがとう・・・』
ゴメンね、サスケくん。
私やっぱり、あなたの足手纏いにしかなれなかったよ・・・。
グラグラと世界が崩壊していく。
色のない暗闇にズルズルと引き摺り込まれていく。
遠い喧騒のように、みんなの声を聞きながら、私は全ての意識をぷっつりと手放した。