胸の奥が、掻き毟られるように痛かった。
目の前では、ナルトを助けに入ったカカシ先生が、サスケくんと戦っている。
カンカンカンッ・・・ と絶え間ない金属音が鳴り響き、無数の火花が激しく飛び散った。
二人とも、凄まじい殺気を纏っていた。
本気で相手を倒そうと睨み合っていた。
これは演習でも軽い肩慣らしでもない、本物の戦闘なんだ――
思わず、涙が零れそうになる。
できる事なら、この場から逃げ出したかった。
無意識に目を逸らしかける私に、透かさずカカシ先生の檄が飛ぶ。
「サクラッ!気を抜くな!」
「・・・はいっ!」
何を迷っているんだ。
私のとるべき行動は、初めから決まっているというのに・・・。
この期に及んで、まだ甘い夢を見ている自分の横っ面を、思い切り殴ってやりたい気分だった。
グッと奥歯を噛み締めた。
涙でぼやけた視界を、乱暴に拭い取った。
このままでは、いずれ誰かが傷付いてしまう。
でも、堪えなければいけないんだ。
だって、誰が傷付いたとしても、それは私にとって大切な人に違いないのだから。
どう転んでも、心が抉られるように痛むのならば、いっそ自分が傷付いた方がいい。
即座に気合を入れ直し、カカシ先生の援護に向かう。
一秒にも満たない僅かな瞬間、サスケくんの目が私を捉えた。
後悔にも似た鋭い疼痛が、心の奥を突き抜ける。
必死に雑念を振り払い、素早く背後に回り込んで、攻撃を仕掛けようと身構えた。
ビリビリと痛いほどに伝わってくるサスケくんの気迫。
ちょっとでも気を抜けば、簡単に弾き飛ばされそうになる。
ジリジリ・・・と慎重に間合いを詰め、クナイを構えた、その時――
「一緒に・・・、来るか」
「・・・えっ?」
「オレと一緒に来ないか、サクラ」
思わず耳を疑った。
見違えるように大きくなった背中を、まじまじと凝視した。
「確か昔、一緒に連れていけと言ってなかったか?」
「な・・・、何を・・・急に・・・」
「今のお前なら、連れていっても構わないぞ。・・・どうする?」
「ちょ・・・ちょっと待って・・・!」
何を言っているんだろう。
サスケくんは、何を言っているんだろう。
頭の中が真っ白だ。
サスケくんの言葉だけが、グルグルと渦巻いている。
果たされなかった願い・・・。届かなかった想い・・・。
密かに封印していたもの達が、ここぞとばかりに溢れ出してくる。
あの時に、戻れたら・・・。
もう一度、やり直せたら・・・。
予想だにしなかった一言が、私の動きを完全に封じ込めた。
「・・・サスケ・・・くん・・・」
ガタガタと身体が震えた。
クナイを持つ手に力が入らない。
私は、本当はどうしたいんだろう・・・。
サスケくんと一緒に歩みたいのか、それとも、カカシ先生の傍にいたいのか・・・。
叶う筈のない夢を鼻先に掲げられ、振り切った筈の想いがどうどうと溢れ出す。
「・・・・・・」
茫然自失としている私に、聞き慣れた笑い声が盛大に浴びせられた。
「クックックッ・・・アハハハハハ・・・!」
サスケくんが、肩を震わせ笑っている。
あからさま過ぎる嘲り笑いに、カッと頭に血が昇った。
からかわれていたのか――
咄嗟にホルスターへ手を伸ばし、闇雲に手裏剣を投げつけた。
「うわっ、サクラちゃん・・・!?」
ナルトが慌てて首を引っ込めたが、そんな事はお構いなしに、尚も手裏剣に手を伸ばす。
・・・が、次の瞬間、サスケくんの姿がプツッと掻き消えた。
「っ・・・!」
「どいつもこいつも、本当にめでたい奴ばかりだな」
ゾクリ・・・と背筋が凍り付いた。
私の首筋には、ピタリと刃が押し当てられている。
その冷ややかな感触に、昂ぶっていた血が一気に醒め果てた。
「本当に、オレがお前を連れていくと思ったのか?」
「・・・・・・」
「フン・・・、下らん連中ばかりだ」
ドンと肩を突かれ、その場に崩れ落ちた。
首筋に付いた糸のような赤い傷。
ほんの掠り傷なのに、ドクドク・・・と激しく脈打っている。
誰に対するものなのかよく分からない怒りが、沸々と湧き上がってきた。
「くっそぉぉぉ!ふざけんじゃねぇぇ!」
ナルトがサスケくんに飛び掛かる。
しかし、強烈な蹴りを喰らって、遥か後方に吹き飛ばされてしまった。
「うがぁぁぁ!」
「よくその程度で、オレを捕まえようと思えるもんだな」
サスケくんの呆れた口振りに、またもナルトが正面から突っ掛かっていった。
よく見れば、ナルトはずっと空手(くうしゅ)のままだった。
たとえ自分は刃を向けられても、自分からサスケくんを傷付けたくないのだろう。
・・・ナルトらしい馬鹿正直な戦い方だ。
でも、その想いはサスケくんに届きそうにはなかった。
ススス・・・
サスケくんが素早く印を組む。
「火遁・豪火球の術!」
「ぐっ・・・!」
ゴゴゴゴゴォォ・・・
巨大な炎の塊がナルトを襲う。
薄暗い地下空間に、爆発的なエネルギーが満ち溢れた。
・・・が、一瞬早くカカシ先生が反応していた。
ポイントより少し外れた場所に、折り重なるように二人がうずくまっている。
しかし、ほっと胸を撫で下ろす暇もなく、次々とサスケくんの雷火が二人を攻撃した。
必死に応戦する二人。
六つの瞳が錯綜する。
そのどれもが、迂闊に近寄ればざっくりと皮膚を切り刻まれそうなほど、鋭利で殺気に満ちていた。
仲間だったのに。
私達は、みんな仲間だったのに・・・。
壊滅的に望み薄としか思えなかった初めてのサバイバル演習で、私達は歪ながらも心を結束できた。
些細な喧嘩は日常茶飯事だったけれど、それ以上の固い絆に結ばれていると信じて疑わなかった。
―― だけど今は、追う者と追われる者。
木の葉にとって、彼はもはや犯罪者でしかなく、私達に下された命は、サスケくんを捕縛し、イビキ隊長につつがなく引き渡す事。
この絶望的に深い溝は、やはりどうやっても埋まりそうにはない。
どうして、こんな事になってしまったんだろう。
本当に、こうするしか方法はなかったんだろうか。
今となってはどうする事もできないが、せめてあの時、私やナルトにもう少し力があれば、未来は違ったものになっていたのかもしれない。