ヒタヒタヒタ・・・
狭く閉ざされた空間に、潜めた足音だけが反響する。
じっとりと湿った壁。
時折り吹き抜ける冷風に思わず身震いしながら、ひたすら先を急ぐ。
一体どこに光源があるのか―― 、地下深く潜っている筈なのに、その通路はぼんやりと薄明るい。
どこまでも道が続いている。
右に左にと、くねくねと曲がりながら、一向に終わりが見えてこない。
ひたすら続く一本道。
のっぺりとした壁が延々と連なるばかりで、枝道一つ存在しなかった。
もう、どれだけ歩いているのか・・・。
あの石灯籠から奥の建物まで、距離にして数十メートルくらいだった筈。
本物のアジトが別にあったとしても、これほど遠いものなのか。
どう見ても、この通路はおかしい。
第一、敵と鉢合わせした場合、これでは互いに逃げ場を確保できない。
「なあ、本当にここでいいのか・・・?」
案の定、ナルトが声を潜めてカカシ先生に尋ねてきた。
「ああ、間違いないよ」
「でもさでもさ。すっげー無防備っつーか、危なっかしいっつーか・・・。ただの一本道なのに、トラップ一つ置いてねーんだぞ」
「あらら。やっぱり気付いてなかったのか、ナルト」
「へ・・・?」
「サクラは気付いてるよな?」
「うん、最初は騙されてたけどね・・・。さすがに途中で変だなって思った」
「な、何だよ何だよ!二人して何の話してんだってばよ!」
「ナルト・・・。もしかしたら私達、一歩も前に進んでないかもしれない」
「は・・・?何言ってんのサクラちゃん」
「だから全部幻術なのよ、これは」
数百メートルは優に進んでいる気分にさせられるが、実際には全く進んでいないか、もしくは同じ所をグルグルと回っていただけなのだろう。
並の幻術ならば、掛けられた瞬間に異変を察知し、咄嗟に対処する術(すべ)も心得ている。
でも、今回は全く気付かなかった。
試しにチャクラを乱し解術を試みたが、まるで歯が立たない。
『写輪眼に対抗できるのは、写輪眼だけ――』
何かの折にカカシ先生が口にしていた言葉を思い出す。
先生は、とっくの昔に気付いていたんだろう。
その上で、相手がどう出るのか、手の内を探っていたのかもしれない。
「そういう訳だから・・・。いい加減、術を解いてくれないかねー」
「ふん・・・」
聞き覚えのある嗤いと共に、モヤモヤと視界が大きく歪む。
やがて、霧が晴れるように辺りが一変し、私達は寒々と広がった薄暗い地下空間に佇んでいた。
「・・・よく来たな」
その人は部屋の奥に悠然と構え、冷ややかな目付きのまま、じっとこちらを見据えていた。
氷のような視線だ・・・。
見るもの全てを震え上がらせる、絶対零度の容赦ない視線。
「・・・サスケ・・・くん・・・」
それ以上の言葉が続かない。
嬉しいとか懐かしいとか思う余裕は、一切ない。
ただひたすらに、威圧され続けた。
頭の中が真っ白になり、訳の分からない感情がざわざわと溢れ出して止まらなくなる。
それは、例えるならば恐怖と不安。
手加減なしの一方的な威嚇に、身が強張り、足が竦み上がる。
どう見ても、私達は歓迎されていない。
分かっていた事だが、どうしようもなく切なかった。
「まさか、お前等が来るとはな・・・。揃いも揃って、追い忍部隊に鞍替えしたのか?」
下らないとばかりに言葉を吐き捨てるサスケくんに、ナルトが必死になって噛み付いた。
「違う!オレ達はお前を迎えにきたんだ!」
「迎えに、か・・・」
「サスケ・・・、オレ達と一緒に木の葉に帰ってくれ」
「・・・・・・」
「聞いてんのかよ、サスケェ!?」
「・・・相変わらず、めでたい奴だな」
「なにい!?」
「フッ・・・。殺されると知ってて、おめおめと戻る馬鹿が何処にいる」
侮蔑の色をありありと浮かべながら、サスケくんが背負っていた太刀を見せ付けるように引き抜いた。
そして、そのまま切っ先をナルトに差し向け、挑発するように口端を歪める。
「来いよ、相手してやる」
「止めろってばよ・・・。オレはそんな事したくて、ここに来たんじゃねえ」
「じゃあ、何しに来た。まさか本気で、『お手々繋いで木の葉に帰りましょう』なんて、考えてる訳あるまい」
「・・・・・・」
「生温いままごと遊びは飽き飽きだ。木の葉に帰って、好きなだけやっていろ。もうオレには関係ない」
「・・・サスケェ・・・」
「それとも何か・・・?勇んで来たはいいが、オレの気に当てられて、早くも戦意喪失しちまったのかよ。・・・ビビリ癖は生まれつきか」
「・・・くっ!」
「いつまで下らねえ夢にしがみ付いてやがる。オレは、お前等のその仲間ごっこが反吐が出るくらい大嫌いだったと、なぜ気付けない」
「てめぇ・・・!」
「くっそぉぉぉぉ・・・!」
ナルトの叫び声が、辺りに木霊する。
シュシュシュッ――
それと同時に、大量の影分身が束になってサスケくんに襲い掛かった。
だが、サスケくんは全く動じない。
ツ・・・と、切っ先を鈍く光らせながら、じっとナルトを見据えている。
「んがっ!?」
モクモク・・・と砂煙が舞い上がった。
一瞬のうちにナルトの影分身は壊滅し、その本体の喉元には、鋭い刃がピタリと押し当てられていた。
「所詮はその程度か」
「サ・・・スケ・・・」
何が起こったのか、全く分からなかった。
桁外れのスピードに、身体も脳も全く反応できなかった。
サスケくんの刃に、躊躇いは一切見受けられない。
本気で、私達を排除しようとしている。
今だって、少しでも気を抜けば、ナルトの喉笛は簡単に掻き切られてしまうだろう。
ぞわぞわと寒気に襲われた。
細かく息をするのがやっとだった。
サスケくんにとって一番大切なのは、復讐の為の甚大な力を手に入れる事。
その為に、過去の全ての繋がりを、迷う事なく断ち切ったのだ。
生半可な覚悟の訳がない。
里の裏切り者の汚名を着せられても、それ以上に欲し続けた闇の力。
今更、木の葉だとか仲間だとかは、サスケくんにとって歯牙にも掛からない瑣末な事でしかないんだろう。
分かっていたけれど・・・。
そんな事、とうの昔に分かっていたれど・・・。
いろいろ想い続けていたのは、私だけ。
いろいろ引き摺っていたのは、私だけ。
サスケくんと私達の立場は、あの時、既に決まってしまっていたんだ。
もう、どれほど手を伸ばしても、絶対に届かない場所に彼はいる。
目指すものも、護るものも、私とサスケくんとでは余りに違い過ぎた。