そこは、正に無法地帯だった。
大通りの脇に並び続く商店街。しかし、店主の姿も買い物客の姿も、一人として見当たらない。
壁一面の落書き。
打ち破られたガラス窓。
もはや役目を果たさない壊れたシャッター・・・。
どこもかしこも廃墟と化していて、目付きの悪い男達が三々五々群がっては、互いにジロジロと威嚇し合っている。
私達は、綱手様の諜報役と途中の森で密かに落ち合い、その手引きによって先を急いでいた。
あらかじめ彼等と似たような姿に身をやつし、忍具は極力目立たぬよう隠し持つ。
どこに音忍が潜んでいるか分からない。
とにかく目立ってはいけなかった。
少しでも不審がられる前に、目的地に急行したかった。
しかし、見慣れぬ新参者はよく目立つ。しかも私は女だ。
身体中に泥を塗りたくり、頭からボロ布を被って顔を隠してみても、矢のような好奇な視線が遠慮会釈なく降り掛かってきた。
次々と投げ掛けられる下卑た嗤いに、身の毛がよだつ。
変化の術を使ってしまえば簡単なのだが、先の事を考えると無駄にチャクラを消費したくなかった。
「サクラ・・・オレの傍を離れるな」
「はい」
こくっと小さく頷き、先生の陰に隠れるようにピタリと寄り添った。
こんな所で詰まらぬいざこざに巻き込まれたりでもしたら、せっかくのチャンスを不意にしてしまう。
絶対に付け入る隙を見せてはいけない。
布の下から辺りに目を光らせ、全身に注意を張り巡らせた。
「くっそぉー、なにジロジロ見てんだってばよぉ・・・」
ナルトも、奴等に負けず劣らずガンを飛ばし、周囲を牽制し捲くっているのだが・・・。
むきになる余り、赤いチャクラがポコポコと何度も沸き立ちそうになっていた。
ガンッ――
「うがっ!」
「ちょっと・・・何やってんの馬鹿!」
「ご、ごめんサクラちゃん・・・」
ナルトの足を蹴り上げ、小声でどやし付けた。
これくらいでチャクラが乱れそうになるなんて、普段のナルトだったら絶対に考えられない。
それだけ激しく緊張しているんだろう。
浮き足立つナルトの気持ちも、分からなくない。
かくいう私も、まるっきり足が地に着いていなかった。
フワフワと雲の上を歩いているような、どこか現実離れした感覚のまま、無我夢中で先を急ぐ。
通りの外れに差し掛かった辺りで、数メートル先を歩く手引きの男が、ふと歩く速度を落とした。
頭を掻く振りをしてさり気なく片手を動かし、狭い路地を指し示す。
そして、そのまま後ろを振り返りもせず、すたすたとどこかへ消えていった。
「・・・あそこか」
散歩でもしているような気楽さで、カカシ先生がその角をひょいと曲がる。
私達もそれに倣い、なるべく自然に振舞った。
砂埃の舞う薄暗い細道。
くねくねと曲がるうちに、通りの喧騒が次第に掻き消されていく。
道幅が、徐々に狭まっていった。
ジメジメと空気が淀み始め、やがて視界がぷっつりと閉ざされた。
見上げるほどの高い壁。
行き着いた先は、一見ただの袋小路だった。
「・・・・・・」
互いに無言のまま、せわしなく仕掛けを探し始めた。
見知らぬ顔の新参者が、いつまでもこんな所に屯していたら、とにかく目立ってしまう。
一刻も早く身を隠さなくては・・・。
逸る気持ちを抑えながら、何度も壁に手を押し当てて、僅かな違和感を探り当てる。
暫くした後、よくよく注意していなければ気が付かない程度の壁の歪みを発見した。
どうやら、巧妙に結界が張られているらしい。
シュシュシュ・・・
カカシ先生が結界破りの印を組むと、程なく、壁の一部がぱっくりと黒々とした口を開けた。
「もしかしてこれなのか、カカシ先生?」
「ああ多分ね」
奥の気配を窺ったカカシ先生が、サッとその穴に身を潜める。
私達も慌ててカカシ先生の後に続くと、やがて、雑草の生い茂った荒れ果てた庭に辿り着いた。
草や潅木の奥に、半分崩れ掛かった建物が見える。
物陰にじっと身を潜めたまま、暫くは辺りの様子を観察した。
シン・・・と静まり返ったままの空気。
人間はおろか、小さな虫一匹の気配さえも全く感じられない。
何も知らされていなければ、ここに人が隠れ住んでいるなんて思いも寄らないだろう。
建物の入り口は厳重に封鎖されていて、ここからは侵入できそうにない。
ならば、別の入り口がどこかに存在する筈・・・。
私達は身を伏せたまま、別ルート発見に躍起になった。
その入り口は、庭に打ち捨てられた石灯籠の陰に隠されていた。
重たい石の塊に手を掛け、ジリジリ・・・と動かす。
すると、人一人がようやく通れるほどの小さな隙間が現れた。
中を覗き込むと、ヒヤリと身を震わすほどの冷たい風が吹き上げてくる。
気が動いている。
間違いなく、この中に誰かが潜んでいる。
「・・・・・・」
無言で頷き合うと、おもむろに額当てを取り出した。
素早く身なりを整え、手にした忍具を確かめ直す。
ナルトの身体が微かに震えていた。
抑えても抑えても抑え切れないほど、いろいろな思いが溢れ出してくるのだろう。
私も、同じだ。
とうとう辿り着いた――
硬く目を瞑ったまま、大きく深呼吸を繰り返す。
そして、覚悟を決め、ゆっくりと目を開けた。
ナルトの目が、爛々と燃えていた。
カカシ先生の目が、静かに凪いでいた。
三人で静かに顔を見合わせ、改めて頷き合うと、慎重にその穴の中へ身を投じた。