結局、一睡もできなかった。

でも、思いの外頭の中はクリアに冴え渡っていて、身体も軽い。

どうやら物凄い脳内麻薬の生成に成功してしまったらしく、日が昇り切る頃には、異様なほど意気揚々としていた。

随分と、たがが外れてしまっている。

傍から見たら、滑稽なくらいハイテンションに見えるだろう。

でも、連日の緊張でずっと気が昂ぶっていたところに、昨日の徹夜の疲労、そしてとどめとばかりにあの肩枕。

しかも、無骨な分厚いベストは私が借りたままだったから、カカシ先生の体温を嫌というほど身近に感じてしまった。

これで平常心を保てる方が、絶対におかしいと思う。



「ふあああ・・・!」



豪快な欠伸と共に、ようやくナルトが目覚める。

そして開口一番――



「・・・どしたの、サクラちゃん・・・?」

「え?」

「なんか、すっげー鼻息荒いってばよ・・・?」



おはようの挨拶代わりに、鋭いツッコミを入れてきた。

ジトッ・・・と半眼気味の碧眼が、探るように私の顔を覗き込んでくる。



「は!?そ、そんな事ないわよ・・・!あ、あははは・・・」

「そんな事あるってばよ。何だか顔も赤いし、目なんてギンギンに血走ってるし・・・。ははーん、さては・・・」

「な・・・なによ・・・」

「オレに隠れて、なんか美味いモン食ったなー!?ずるいってばよぉ、サクラちゃーん!」

「・・・食べる訳ないでしょ。アンタじゃあるまいし」

「えー違うのかー?うーん、それじゃ何だってば・・・」

「何でもないったらもう・・・。全部アンタの気のせい」

「いーや。ぜってー気のせいじゃねぇ!サクラちゃん、オレに何か隠してるだろ」

「うぐっ・・・」



慌てて顔を背けるも、執拗にナルトが絡んでくる。

どうして、こんな時ばっかり鋭く勘が働くのか・・・。

逃げ回る私を追いかけて問い詰める暇があるなら、もっと別な事にその労力を使ってほしい。



「なーなー、もしかして熱でもあんのか?」

「ないないない!何でもないから気にしないで!」

「でもさでもさ・・・。ぜってー変だよな、なあカカシ先生!」

「んー、サクラがどうかしたか?」

「どど、どうもしてませんっ!」

「ほら、こんなに目が血走ってるし息だってハァハァしっぱなしだし・・・。熱でもあるに違いねぇってばよ」

「そりゃ大変だ・・・どれどれ」

「ひっ!」



憎らしいほど涼しい顔をして、カカシ先生がおでこに触れてくる。

動揺を通り越し、完璧に身が硬直している私を心配するように、冷たい指先を押し当てながらまじまじと顔を覗き込んでくるのだが――

その目の奥では、明らかにクツクツと笑いを噛み殺していた。



(だ・・・誰のせいで、こんな目にあってると思ってんのよ・・・)



私の心中などどこ吹く風とばかりに、「うーん・・・、別に心配いらないんじゃなの?」と、呑気そうにナルトへ言葉を返す。



「そうかなー。オレってば、こんなサクラちゃん見たことねーぞ」

「じゃ、あれだ。いよいよサスケを目の前にして、気合十分って事なんだよ。・・・さすがサクラだな」

「そ、そうそう・・・!いつまでも呑気に寝ている誰かさんと違ってね、用意周到に気合高めてたのよ!」

「えっ、それってもしかしてオレの事?」

「他に誰がいるの。こんな日が高くなるまでグーグー寝てる奴」

「お、起こしてくれってばよ!二人して、そんな早起きしてたんならさー!」

「やーよ。そんなの自己管理の基本中の基本でしょ。いつまでも他人に甘えて、迷惑掛けないでくれる?」



本当は、そんな事言えた義理じゃないんだけれど・・・。

自己管理が一番怪しいのは、この私なんだけれど・・・。

とにかく今は、話の矛先を変えなければいけない。

・・・ごめんね、ナルト。

心の中で手を合わせながら、実際には偉そうに踏ん反り返って、ここぞとばかりに睨み付けてやった。



「少しは大人になってよねー、この下忍くん」

「・・・サクラちゃんってば、冷てぇ・・・」



ガクリと脱力するナルトの肩を、カカシ先生がポンポンと叩く。



「そう言うなよ。サクラだって悪気があって言ったんじゃないさ」

「でもよぉ・・・」

「あんだけ待ちに待ったサスケと会えるんだ。誰だって、少しは気がカリカリするってもんだろう」

「そうか・・・、うん、そうだよなー」

「お前だって、決していつもの平常心じゃない筈だぞ。それを適度な緊張感へ上手く昇華できれば、もう火影の座も目の前だな」

「お、おう!なるほど・・・!」

「そうそう。だから、お前もサクラに負けずに気合入れとかないとな、ナルト」

「おっしゃー!オレってばサクラちゃんに負けねーくらい頑張るぞっ!」

「よしその調子だ。期待してるからなー」

「OK!任せとけー!」



つくづく単純なナルトで良かったと思った。

手早く身支度を整えるナルトを横目に、私も額当てをきつく結び直す。

『なるようになるさ・・・』 というカカシ先生の言葉が、ふと耳に蘇った。

この先、どういう結果が待ち構えているのか分からないけれど・・・。

とにかく、木の葉の誇りにかけて、決して恥じる事のないよう気を付けよう。



「・・・でもさ、サクラちゃん」

「なに?」

「なんつーか、そのー・・・。そんな鼻の穴全開のままじゃ、さすがにサスケもドン引くかもしんねーし。もう少し、おしとやかに・・・・・・ぐふっ!」

「悪かったわね!こんな顔でーっ!」



せっかく、いい具合に緊張が高まっていたのに・・・。

鳩尾を押さえ、悶え苦しむナルトを無視して、一人さっさと出発する。

怒りに肩を震わす私に、カカシ先生が後ろから、しれっと声をかけてきた。



「大丈ー夫!サクラはどうやったって可愛いから安心しろー」

「そ、そうだってばよ・・・。サクラちゃんの隠された美しさは、ちゃんとオレ達分かってるから、そんな怒んないでくれってばよ・・・」

「・・・・・・」



全然フォローになってないんですけど、アンタ達・・・。

でも、お陰で肝が据わった。

今回は結果オーライって事で、特別に許してあげる。

とにかく今は、前だけを見て先に進もう――