――― 今年もよろしく・・・ ―――
栗きんとんに煮豆、昆布巻き、伊達巻卵、かまぼこ、数の子、紅白なます・・・
色とりどりのおせち料理が詰まった重箱をテーブルにセッティングして
新しいお箸を二膳用意した。
「センセー、できたよー」
「おー、待ってましたー」
ベッドに寝そべり、待望の愛読書の新刊を眺めていたカカシが待ちかねたように席に着く。
「へー・・・、すごいねー・・・」
新年らしい厳かで華やかな食卓に、カカシはすっかり相好を崩し、
しみじみといった具合にテーブルの上の料理に魅入った。
「・・・なんか本当に・・・、正月が来たみたいだな」
「・・・本当も何も、今日はお正月だよ」
サクラは、カカシのピントのずれた発言にどう突っ込んでいいのかしばしの間思案して、結局ごく普通の答えを返す。
「いや、そうじゃなくてね。・・・俺、こういうちゃんとしたおせち料理を用意して新年を祝うのって、今までなかったからさ」
毎年、正月に関係なく任務に駆り出されていたか、あるいは待機所に詰めっ放しだったかで、
今までこういう風にのんびりと正月を祝ったことがなかった、と白状するカカシ。
サクラにとってはごく普通のお正月の風景でも、カカシにとっては目を輝かせるほどの光景なのだ。
それほど違う二人が生まれ育った環境。
お雑煮の入ったお椀を手渡しながら、サクラは子供のようにニコニコしている恋人の姿を改めて見遣った。
新年を祝う晴れの食卓の準備中に、カカシからの思わぬ邪魔が入り、
お椀の中のお餅はカカシの希望通りに、かなりトロトロに煮崩れている。
(あーあ・・・。 せっかく上手に焼けたのになー・・・)
カカシの腕にスッポリ包まっている最中でも、サクラの頭の片隅でずっと燻っていた鍋の中のお餅の存在。
蓋を開け、お玉でお餅をすくってみると、ドローンと千切れそうなくらいゆるゆるに伸びていた。
(あのパリパリの表面が美味しいのに・・・)
負けず嫌いで何でも完璧にこなしたいサクラにとって、煮崩れたお雑煮なんて到底許されるものではなく、
無事に(?)事を終えたカカシが、 「・・・サクラァー・・・。腹減ったー・・・」 と、呑気にのたまった時には、
(だからその為にわざわざ餅を焼いてたんだろうが・・・!)
と、危うく怒りをぶちまけるところだった。
「えーと、それでは改めまして・・・、新年明けましておめでとうございます」
何とも不本意なお雑煮を前にして、向かい合わせに畏まって新年の挨拶を交わし、形ばかりのお屠蘇を酌み交わす。
いつもの二人らしからぬ、神妙でちょっとしゃちこばったぎこちない動作が、
いかにもお正月らしく、少しだけ神聖な気分に包まれた。
でも、堅苦しい雰囲気もそこまで。
「いただきまーす」
挨拶が終わるや否や、待ちかねたように二人して箸を伸ばした。
だって、二人とも空腹なのだ。物凄く。
朝食を目の前にしながら、何やら別の行為に没頭してしまって、時間はもう昼日中。
味わうと言うよりも、がっつくように重箱の中身を口に運んでいく。
見る見るうちに空っぽになってしまった重箱のおせち料理。
時間が無くて、今年は手作り半分、出来合い半分の少々お手軽なおせちだったけど、
それでも、2,3日前からいろいろサクラなりに頑張っていた。
ずっとキッチンにこもりがちなサクラの後ろを、用も無いのにウロウロとうろついては、
勝手につまみ食いしてこっぴどく怒られて・・・を繰り返していたカカシ。
ガックリ肩を落として小さな子供みたいに悄気返ったと思いきや、
すぐさま物珍しげに目を輝かせては、サクラのやる事なす事全てに興味を示した。
どれだけサクラに邪魔にされようとも、懲りずに一日中ずっと付き纏っている。
しまいには呆れたサクラにバケツと雑巾を渡され、 「暇なら部屋の大掃除でもしてて!」 と、キッチンから追い払われても、
何かと理由を見つけては、やっぱりサクラの側に張り付いていた。
(もう、カカシ先生って本当に大きな子供なんだから・・・)
半分溶けかかったお餅を、ニコニコと美味しそうに頬張るカカシ。
いくらトロトロのお餅が好きだと言われても、これではせっかくのお吸い物が濁ってしまって全然美味しそうに見えない。
(それに、これじゃ私の分のお餅なんだか、先生の分のお餅なんだか判んないよ・・・)
「・・・来年は溶けてないお雑煮にしようね」
「ん? このトロトロがうまいんだぞー?」
ちょっとふくれて顔を上げると、いつも以上の晴れやかな笑顔のカカシがそこにいた。
そんな無邪気な笑顔を向けられたら、いつまでもお雑煮の出来具合に拘っているのが馬鹿らしくなる。
(別に、お餅なんて・・・、どうでもいいかぁー・・・!)
パリパリだろうとトロトロだろうと、所詮同じお餅なんだし、それならどっちだって構わないんだ。
ストンと肩の荷が落ちて、サクラも晴れやかな気持ちに包まれる。
風も無いポカポカと穏やかなお正月。
テレビの上に飾った小さな鏡餅が、気持ち良さそうに日向ぼっこしていた。
柔らかな陽光を浴びて、天辺に載せらた蜜柑がキラキラ光っている。
もう少ししたら、綺麗に着飾って初詣に行ってみよう。
そして、おみくじでも引いて、今年の二人の運勢を占ってみよう。
そしてそのあとは、手でも繋ぎながら、ぶらぶらと気ままに街中を散歩をしてみよう。
一年の始まりの今日を二人で仲良く過ごせたらなら、きっと今年も幸せに過ごせるに違いない。
時間の流れは途切れることなく、昨日と今日とで変わった事なんて何にもないけれど、
それでも何かが違う今日の日だから。
改まって口に出してみよう。ちゃんと君に、あなたに、伝えてみよう。
今年も来年も再来年も、ずっと末永くよろしくお願いします。