カリ、カリ、カリ・・・



シンと静まり返った部屋で、あなたのペンを走らせる音だけが、唯一響いている。

私はソファーで本を読む振りをして、文庫本越しのあなたをずっと眺めている。





                     ――― 横顔 s-side ―――






自室で机に向かうあなたは、いつもの額当てもマスクもない、ごく普通の格好で。

少し丸まった背中。真剣な目付き。時折り考え込むように、軽く眉をひそめ、ペンの端を唇に宛がう。



カリ、カリ、カリ、カリ・・・



再びペンが走り出す。


昔から、任務中でも愛読書を片時も離さなかったあなただから、プライベートでも同じなんだろうって思っていた。

でも実際は、こうやって書類や報告書を作成をしている方が圧倒的に多い。



あなた位のポジションになると、里の最重要機密事項の決定とか、

火影様とあなたしか知りえないトップシークレットの任務とか、

まだ表立って発表できない軍事作戦の立案などに携わることが多すぎて、

アカデミーの人目があるところでは作業ができないのだ、と、以前笑って教えてくれた。




本当は、私もここにいてはいけないのかもしれない。

でも、書類の中を覗き見ない、決して仕事の邪魔をしない、という暗黙のルールで、私はここにいるのを許される。




カリ、カリ、カリ、カリ・・・



真剣な眼差しの横顔。スッと通った鼻筋。軽く引き締められた口元。

ハラハラと落ちてくる髪を無造作に掻き上げ、そのまま頬杖を突く。じっと書類を見たまま。



これは、私だけが見ることを許された、特別な横顔。

他の誰も、そう、あなた自身も知らない私だけのアングル。



何て贅沢なんだろう。

僅かに動く口元や、ストイックなまでの表情や、時折り漏れ聞こえる微かな息遣いや、銀糸を弄ぶ長い指が、

ひどく煽情的に映る。




目が、離せない。





カリ、カリ、カリ、カリ・・・



フウッと大きな溜息が漏れる。捗らないのだろうか。

とびきり美味しいコーヒーを淹れてあげようと、私はソファーから立ち上がった。








コト ――――



静かにカップを机の脇に置いた。

コーヒーの馥郁たる香りが辺りに広がる。



「ああ・・・、ありがとう」



ウウーン、と両腕を思いっきり伸ばすあなたの後ろに廻り、そっと肩を揉んでみる。

机を見ないように、軽く目を瞑って。



「サクラ・・・」



私の名を呼ぶ声。

薄く目を開けると、私を見詰めるあなたの視線とぶつかった。



下から見上げるあなたと、上から見下ろす私。

いつもとは逆のポジションに、ひどく優越感を感じた。



チュ ――― ・・・



あなたの額に、こめかみにキスをする。

 



「・・・サクラァ、あんまり煽んないでくれる? 続きがしたくなる・・・」


「フフ、それじゃ早く終わらせてね」



何事もなかったような顔をしてソファーに戻り、また本を手に取る。

そして、本の向こうのあなたを、じっと見詰める。


あなたは恨みがましそうな目をして、再び書類に立ち向かう。



カリ、カリ、カリ、カリ・・・




やっぱり、贅沢だ。こんな表情のあなたを見られるなんて。


 


カリ、カリ、カリ・・・ 


 ポン ――



諦め顔でペンを軽く放り投げ、あなたが近づいて来る。

 
「んんっ・・・・・・」


強引に舌を絡ませ、そのままソファーに押し倒された。



クチュ・・・クチュ・・・


混じり合った唾液が口から溢れ、幾筋も零れ落ちる。



クチュ・・・クチュ・・・クチュ・・・


執拗なまでの舌の愛撫に、軽く意識が遠のいた。





「せん、せい・・・・・・、お仕事、は・・・?」


「んー・・・。ちょっと、休憩」




下着に手を掛けられ、軽く耳元を舐め上げられただけで、もう息が弾んでしまう。



ああ・・・やっぱり、贅沢だ。



あなたの全てを、今、私が独占している。

そして、私の全てを、あなたが独占している。


私しか知らないあなたが、今、ここにいて。

私だけのあなたに、今、抱きしめられている。


私の中があなたで溢れ出す。

あなたの事しか考えられない。



絡め合った指。縛りあう視線。重なる唇。混じりあった汗。溶けあう息。

やがて意識までもが一つに溶けあい、光の中をゆらゆらと静かに漂い続け・・・







カリ、カリ、カリ、カリ・・・



聞き慣れた音に、ゆっくりと眼を覚ます。

薄く眼を開けると、先程と同じ光景のあなたが書類にペンを走らせている。



夢・・・?



でも、素肌に掛けられた毛布が、夢ではないと教えてくれた。

毛布についたあなたの残り香を楽しむように、スッと口元まで引き上げ、顔を埋める。



「あ、ゴメンな。寒かった?」


「ううん、違う」


「もう少しで終わりそうだから、そしたらメシでも食いに行こう」



カリ、カリ、カリ、カリ・・・


書き物を続けながら、あなたが話す。





私は、毛布越しにあなたの横顔を見詰め、眩暈がするほど幸せを感じた。