―――口は禍の元?―――
陽射しの麗らかなある日の午後、カカシの部屋を我が物顔で占領していたサクラが突然不機嫌に呟いた。
「・・・ナニコレ」
手にしているのは、週刊少年○ャ○プ。開かれているのは、読者による人気投票結果のページである。
「あー・・・、どうかした?」
入院見舞いに・・・と、自来也から差し入れられた『イチャイチャパラダイス・豪華特典付き特別装丁版』(筆者直筆サイン入り)という、
イチャパラフリーク垂涎の的の激レア本を、サクラのすぐ横で寝転びながら愉しんでいたカカシが、半分上の空で問いかける。
「エヘへ〜・・・」
思いっきり目尻を下げて、にやける口元も全く締まりがない。
カラーページのカカシもイチャパラ本を手にして、かなりだらけきった顔をしているが、これと比べれば月とスッポン、
信じられないくらい男前に見える。
「はぁ・・・・・・」
(みんな、絶対騙されてる・・・)
こんな、十八禁本を人目も気にせず堂々読めるような無神経男が、こんなに人気ある訳ない・・・。
千を越す華麗な技のイメージばっかりが先行していて、普段のカカシの実態をみんな知らないから、こんな結果になるんだ。
(まぁ、一番騙されてたのは私だけどねー・・・)
晴れてアカデミーを卒業して、希望に胸を膨らませ、下忍になったあの日――
カカシの配下に配属されて、サクラの人生は大きく変わった。
普段からかなりの遅刻癖はあったが、それでもカカシは大きくて頼りになって、信じられないほど強くて、
最高に格好良かった。(ように、当時のサクラには見えた。)
『一生愛の人生よ!』と息巻くサクラにとって、カカシはとんでもなく理想の王子様そのものであった・・・はずなのだが・・・。
「・・・・・・」
今、彼女の隣に寝転がっている男には、他国のビンゴブックにあまねく掲載され、名立たる忍達にさえも一目置かれ、
恐れられているような威厳が、これっぽっちも見当たらない。
何やら豪華特典なるものを、鼻の下を伸ばしきってお楽しみ中の姿は、ただのエッチ本マニアのしがない男やもめ、というだけで、
この男のどこにそんな魅力があるのか、さっぱり見当も付かなかった。
(私が・・・、一生愛に生きる事を心に誓い、全てを愛のために捧げる覚悟をして、日夜たゆまぬ努力を重ねてきたこの私が、
一体、どこで何を間違ったっていうの・・・?)
幼い頃から頭脳明晰で、思考力、判断力、分析力の鋭さには確固たる自信を持っていたのに、どういう訳か恋愛事に関しては、
いろいろ読みを外しがちな傾向がある。
才色兼備のサクラは、黙っていても周囲の男達からいつも注目されていて、いろいろと声をかけられたり、食事に誘われたり・・・と、
いくらでもイイ男をものにするチャンスは転がっているのだが、何かにつけていつもカカシが出しゃばり、その度にカカシに文句を言い、
気が付くと、こういう関係に収まっていた。
まあ、この関係が特別に不満っていう訳ではないし、カカシの周りに他の女達が群がっているのを見ると、瞬時に頭に血が昇って、
必死に追い払おうとするのだから、やっぱりサクラはカカシの事が好きなんだろう。
ただ、今日のサクラは、なぜかカカシのだらけている姿が、気に障って気に障って、仕方がない。
「クフフッ」
「んもう!カカシ先生ったら・・・、情けなさ過ぎー!!」
カカシのあまりにも不甲斐無い態度にカチンときたサクラは、有無を言わさず、カカシの愛読書を取り上げた。
「・・・何すんのヨ」
さすがにムッとしたカカシがサクラをねめつける。
そんなカカシの視線にもめげる事なく、プルプルと拳を震わすサクラは、
「こんなイカガワシイ本を女性の目の前で真っ昼間から読んでるろくでもない人が第二位だなんて、絶対に間違ってるわ!」
と絶叫した。
「ろくでもない人って・・・、仮にも自分の付き合ってる相手に対して言う言葉?」
「よっこいしょ」と、起き上がりながら、心外だなぁ、という顔でサクラを見詰めるが、カカシの抗議もサクラの耳には全く入っていない。
投票結果のカラーページをバンッとカカシの目の前に突きつけて、またもサクラは言い放った。
「サスケ君が一位なのは納得できるわ。強いし、格好良いし、家柄だって申し分ないし、誰かさんと違ってエッチな本読まないし。
いつでもどこでもクールで、さすが私の初恋の人だけあるわよね〜」
「・・・それ、あんまり俺の前で言って欲しくないんですけど・・・」
ブスッとむくれるカカシ。しかし、サクラの視線は相変わらず冷ややかなままである。
「こーんな、にやけきったカカシ先生をみんなが見たら、一体何て思うかしらね。間違いなく、次回の投票結果はガタ落ちになるわよね。
あーあ、私もカカシ先生ってもっとカッコイイ上忍だって思ってたのに、実態はこれだもんねぇ・・・」
「・・・何が言いたいんだか知らないが、三十過ぎの独身男の実生活なんて、こんなモンだぞ。普通・・・」
「サクラだってそれを承知で俺と付き合ってるんでしょ」と、うそぶくカカシ。すかさず、大切な激レア本も奪い返しにかかる。
「それ言われると、困っちゃうんだけど・・・。まあ、カカシ先生も戦闘中はそれなりには格好良いから、とりあえず納得してあげるわ」
「それなりに、とりあえずですか・・・」
渋々とカカシの人気を認めるサクラの様子に、カカシは思いっきり脱力して苦笑を漏らす。
「もう、元気出してよ。それよりも、ホラ、ちょっと見て、この三位の奴と六位の奴!コイツ等って、我愛羅君を助けにいった時の、
あのいけ好かない暁の奴等でしょ!?」
「・・・あぁ、そうだねー」
「そうだねー、なんて呑気な事言わないで!なんでこんな奴等がここに載ってるの!?」
バンッバンッと指差し、どうにも納得のいかない顔でカカシに詰め寄るサクラ。
「うーん・・・。まあね、いろいろと“大人の事情”ってモンがあるのよ。こういうのって・・・。サクラも、もう少し大人になったら判るよ。
そういった裏側の事情っていうか、駆け引きっていうのがさ・・・」
ハハハ・・・と、“大人の余裕”で笑って誤魔化そうとするが、どうにもこうにもサクラには納得がいかない。
「まーた私の事子供扱いする!何が大人の事情よ。この年齢詐称の出来損ないカラクリオヤジのせいで、
私なんか何回も死にかけたのよ!チヨばあさまが付いていてくれなかったら、ホントに助からなかったのよ!!
・・・大体ね、カカシ先生たち、あの泥粘土捏ね回すしか能のないようなフィギュアオタクに時間掛かり過ぎだわ。
普通はチャッチャと手際よく片付けて、すかさず私たちの援護に回ってくれるのが筋ってもんでしょう!?」
「あれでもかなり急いだんだけどねぇ・・・。何しろあの写輪眼は特別だからさ、発動するのにちょっと時間掛かるのよ」
「ホント、いつもの事ながら詰めが甘いんだから・・・。しかも帰り際には、ガイ先生相手にあんなブザマな格好見せ付けられて、
私までみんなから同情的な眼で見られちゃったじゃないのよ!思わず舌噛んで死にたくなるほど恥ずかしかったわ!
挙句にその後は、誰かさんはお約束通りに病院で寝込んでいるから、綱手様に訳わかんないメンバー組まされて、
そいつがまた、どうしようもないくらいにいけ好かない下ネタ野郎で、ナルトは馬鹿みたいにブチ切れっ放しで、
チームワークなんて呆れて笑っちゃうほど存在しなくて・・・。
くっそぉー、しゃーんなろぉー!!それもこれも、カカシ先生がへタレてばっかりいるからいけないんでしょうがぁぁ!!
もう、どうしてカカシ先生はいっつもいっつも大事な時に簡単にへタレちゃうのよぉぉ!?」
どうにもこうにも、サクラの怒りは収まりそうにもない。
過去の戦闘にまで話が及んで、ますます怒りはヒートアップするばかりだった。
「あー・・・。でもさ、へタレは俺の最大の魅力っていうか、ヘタレてない俺はク○ープを入れないコーヒーのようなモンで・・・」
「また訳わかんない事言って誤魔化すつもりね!? さっさと素直に、自分のへタレ加減を認めたらいいじゃないの。
もう、そうやって先生がヘタレてばっかりいるから、私がその分頑張んなきゃならなくなって、どんどん怪力キャラになって・・・」
「俺、力強い女の子、大好きだけどねー」
「でも、可愛げがない女だってみんなに思われて、ヒロインなのにトップテン入りしてないのよ!!」
「・・・ああ、結局そこが気に入らなかったのね・・・」
やっと、サクラの怒りの原因に行き当たって、ホッとしたように笑みを浮かべるカカシ。
すかさず、怒りに燃えた翡翠色の瞳がキッとカカシを睨み付けた。
「ゴメンゴメン。でもさ、俺にとってはサクラはダントツの一位だよ。っていうか、二位以下なんて存在しないから、順位の
付けようがないんだけどね。 どこの誰だかわからない奴の付ける順位と、俺の付ける順位、サクラはどっちが大切?」
「・・・・・・」
「いーじゃないの。こんなの、気にするな」
ヨシヨシと頭を撫でながら、むくれるサクラを思いっきり胸に抱き寄せる。
(サクラってば、そんな事気にしてたのかー。あーもう、ホント可愛いなー)
「・・・気にする」
「気にしない、気にしない」
「気にするわよ・・・。だって、怪力キャラのイメージが定着し過ぎて、最近、誰も私に声かけてくれないのよ」
「・・・はい?」
「砂の国に行く前には、あんなに合コン誘われたり、カラオケ誘われたりしてたのに、我愛羅君助けに行った後は、
誰からも誘われなくなっちゃったの」
悔しそうに唇をかみ締め、涙を浮かべるサクラの姿に、カカシは戸惑いを隠せない。
「合、コン・・・?」
「しかも、誘われないどころか、みんなから怯える目つきで遠巻きに見られてるし・・・」
両手で顔を覆いシクシクと泣き出すサクラ。
そんなサクラに、オロオロと慌てるだけのカカシ。
「・・・い、いや・・・。それは、サクラに付き纏ってる連中に、俺が“ほんのちょっとだけ”忠告したからだと思う」
「え?」
「だから、『お前等、随分と上等な真似してくれるんだな』って笑顔で優しく注意したんだけど・・・」
「えぇ〜!?」
「だって、サクラに悪い虫が付いたら困るし、それに、サクラ優しいから誘われると断りきれなくて、
嫌々ながらアイツ等に付き合ってるのかなーって思って・・・」
「そ、そんな・・・」
「サクラだってさ、俺が訳わかんない女に絡まれて困ってる時に現れては、『何様のつもりじゃ〜!?』って
さっさと追い払ってくれるじゃない。だからさ、俺もサクラが困らないように手助けしたつもりなんだけど・・・」
アハハ〜と、情けなさそうな顔で「ゴメンなー。サクラがそういう目で見られているとは露知らず・・・」と、カカシに謝られたが、
サクラの怒りは収まるどころか、むしろ最高潮に達してしまった。
プルプルプル・・・
「・・・もう、馬鹿馬鹿馬鹿!先生のお馬鹿ー!!カカシ先生ったらなんて余計な事してくれんのよ!」
「・・・余計な、事・・・?」
「そうよ!私だって、たまには他のみんなと遊びに行ったり、羽伸ばしたりしてみたいのにー!」
「余計な事・・・余計な事・・・」
「もう、先生のせいで台無しになっちゃったじゃないのよぉ!」
完全に頭に血が昇り、怒り喚くサクラには、カカシの表情が微かに強張った事を気付く余裕が全くなかった。
「・・・ふーん。・・・余計な事、ですかぁ・・・」
ヒヤリ――
急激に部屋の温度が下がり、肌に纏わり付く空気が重々しくなる。
「え・・・?イヤ・・・あの・・・」
「へー。そーなんだぁー。サクラは俺といるよりアイツ等といる方が楽しいんだー」
どす黒いオーラが、禍々しくカカシを包んでいる。皮肉そうに笑う口元が残忍この上ない。
冗談などではなく、かなり本気でカカシが怒っている事にようやく気付いたサクラは、思わず顔面蒼白になってしまった。
(ヤ、ヤバイ・・・。マジで先生怒らせちゃったら大変な事になる・・・)
ジリジリとにじり寄られ、逃げ場を失うサクラ。怒りに任せてとんでもない事を口にしてしまったが、後悔先に立たずである。
「アハハハ・・・、そんな事ないです。やっぱりカカシ先生が一番です・・・。あの・・・、眼が思いっ切り怖いんですケド・・・」
「そーかそーか、俺のやった事は、余計な事、だったとはなぁ・・・。全然知らなかった」
「だ、だから、それは言葉の綾って言うか、その・・・つまり・・・」
「サクラのためを思って、あれこれ心配してたっていうのに・・・。あーあ、サクラがそんな風に考えてたとはねー」
バチ、バチバチ、バチバチ・・・
「ちょ、ちょっと!・・・あ、あれー?気のせいかなー?アハハハ・・・、せ、先生の右手にチャクラが集まってるように見えるぞぉ・・・」
「フン!可愛い子振って誤魔化そうったって、そうはいかないぞ。サクラってば、いつからそんな悪い子になったのかなー?」
「キャー!ごめんなさい!ごめんなさい!お願いだから、カカシ先生落ち着いてー!」
「俺はずーっと落ち着いてるよー」
「う、嘘ー!写輪眼全開じゃないのー・・・」
「何なら見てみるか?」
クルクルクル・・・
「キャー!も、もうしません!もう二度としませんから、先生やめてよぉー!」
「反省するくらいなら、最初からしないこったな。一流の忍なら知ってて当然の事」
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう赦してください・・・」
「どうだかな・・・。この際だから、忍の心得、一から復習してみるか?俺流にアレンジして特別に教えてやってもいいぞ?」
バチバチバチバチバチバチ・・・
「だ、だめっ!こんな所で雷切発動したら、お部屋が目茶苦茶にな――」
「遅い!!」
「イヤーーーーー!!!」
ドンッ
モク モク モク モク ・・・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「・・・・・・で?今度は何だ?」
騒ぎの翌日、シズネの入れた緑茶をズズッと飲みながら、綱手は、またか、といった顔で彼女の報告を渋々と受けていた。
「はぁ。昨日はたけ上忍宅において、本人曰く『どうしてなのかさっぱり判らないけど、気が付いたらいつの間にか』チャクラが数回暴発、
部屋の壁や家具等に大きな損傷が幾つかできた模様ですが、幸いにも隣家の住人には被害は及んでませんでした。
・・・といいますか、お隣の人すっかり怯えちゃってて、被害を申し出てくれないんです。『頼むから構わないでくれ』の一点張りで・・・。
その後、サクラちゃんはカカシさんに忍の心得を一晩中指導されていたそうで、今日は全然使い物にならないから休ませてくれと・・・」
「・・・全く、アイツ等ときたら」
額に手を当て、盛大に溜息を漏らす綱手。
あまりにもおめでたい二人に呆れ果てて、返す言葉も見当たらないようだった。
「・・・シズネ」
「は、はい」
「アイツ等に伝えとけ。部屋の修理代は、この先テマエ等の任務報酬から遠慮なく差っ引いてやるから覚悟してろ。
あと、当分ここに顔を出さなくていいから、やりたいだけやってろ、とな」
「はぁ・・・。でも、綱手様。そんな事言ったら本当に来なくなっちゃいますよ、あの二人」
「・・・・・・あり得るな」
二人が騒ぎを巻き起こしたのは、実はこれが初めてではない。
ごく普通のカップルならば、傍目にも微笑ましい軽い痴話喧嘩で済むものも、この二人にかかると、とんでもない修羅場と化してしまう。
その度に、たまたま周囲に居合わせた者まで喧嘩に巻き込み、被害を及ばせ、とんだとばっちりを振り撒いているのだが、
本人達には全くその自覚がないようで。
騒ぐだけ騒いでサッパリすると、目も当てられないほどベタベタと引っ付いてる二人に敵うものなどある訳がなかった。
サクラにちょっかいを出そうとする男達を、ことごとく潰しにかかる里一番の技師と、
カカシに悩ましげな色目を送る女達を、一人残らず粉砕にかかる里一番の若き才媛。
良くも悪くも話題を振り撒き、何かと注目の的になってしまう最強カップルに、年明け早々問題を起こされ、頭を悩ませられて、
今年一年、この先どれだけ迷惑を被るのかと思うと、思わず気が重くなる綱手とシズネである。
兎にも角にも、木の葉の里は、今日も一日平和に過ぎて行くのであった――