カカシ先生はよくもてる。

あんな胡散臭い格好をしているのに、とにかくよくもてる。

里のくのいちはもちろん、スーパーの女店員さん、飲み屋のお姉さん、はたまた普通の奥様方まで・・・。

こんな先生の、何処がそんなにいいんだろう。

自分の事は棚に上げて、つらつらとそんな事を思ってしまう・・・。



私だけのものじゃないカカシ先生は、はっきり言って嫌い。





すき きらい 時々 すき






朝から先生が女に人に囲まれている。

アカデミーの庭や廊下、あちらこちらで女の子の人だかりが出来ていたら、まず間違いなくその真ん中にカカシ先生がいる。



「みんな必死だな・・・」



私は、一歩引いた醒めた目でその集団を見ていた。






あーあ、あんなにデレデレしちゃって・・・。

先生、鼻の下伸ばしすぎよ。

なんか、凄くイライラする。

このまま見ているのも癪だから、くるっと後ろを向き、その場を後にした。



「はぁぁ・・・」



誕生日とか、クリスマスとか、バレンタインとか・・・。

女の子が気合を入れたがる特別な日は、私にとって厄日でしかない。

先生は、「どうせ義理で挨拶してくるんデショ」と気にも留めてないけど、女の私にはよく分かる。

みんな、さり気なさを装って、凄まじいほど本気のオーラをビシバシ出しているって事。



カカシ先生も、「やー、参ったなぁー・・・」なんて目尻下げて、満更でもないような振りしちゃってるけど、

義理だと思うんなら、そんなに愛想よくする必要ないじゃないの。

本当だったら、カカシ先生を独り占めして、二人っきりでこの日を過ごしたいのに。

なのに、今日の私はまるで除け者扱いじゃない!



「まあ、予想はしてたけどね・・・」



先生と知り合ってから今日まで、何かしらのイベントの日は、いつもこういう状態だった。

カカシ先生目当ての女の子が山ほど現れて、一日中先生を取り囲んで放さない。

先生もニコニコと「あー、みんなありがとなー」なんて誰彼構わず笑顔振り撒いていて、

これで私に機嫌よくしろって言うのは、はなはだ無理な要求ってもんよね・・・。



「あーあ・・・」



演習場にある高い木の枝に腰掛けながら、ポツンと空を見上げていた。



何やってんだろうな、私・・・。

大好きな人の誕生日だっていうのに、一人でこんなところにいて。

本当は一番に「おめでとう」って伝えたかったのに、未だに言えずじまいで。



一年で一番楽しい日のはずなのに、どんどん気分が落ち込んでいく。

『もて過ぎる男と付き合うと、とかく気苦労が堪えないわよぉ』と訳知り顔で忠告してきた友人の言葉が、身に沁みた。



「もう帰ろうかな・・・」



ここにいても辛いだけだ。

枝から立ち上がり、下に降りようと身構えたその時――



「コラ、どこ行くんだよ」



不意に腕を掴まえられた。








(え・・・?)



「カカシ、先生・・・?」

「なーに驚いてんの」

「だ・・・だって、さっき・・・廊下に・・・」



あの凄い人だかりの中から、無理矢理抜け出してきたの・・・?

まあ、カカシ先生なら無理矢理じゃなくても、楽々と抜け出せそうだけど、

でもそんな事したら、残されたあの子達が消えたカカシ先生をあちこち探し回って、今頃アカデミーは大変な騒ぎに・・・。



「・・・こんな所にいて、平気なの?」

「なんで?」

「だって、急に先生の姿が消えたら、あの子達・・・」

「あー、それなら心配ないって。影分身残してきてるから」

「えっ、入れ替わってきたの?」

「入れ替わるも何も、最初からずっとああだけど」



じゃあ、あの子達、朝からカカシ先生の影分身相手に必死にアピールしてたって事・・・?

思わず、ペチペチと目の前の先生の顔を叩いてしまった。



「・・・何してんの?」

「あ・・・、もしかしてこれも影分身かなって・・・」

「あははは」



呆れたように先生が大笑いした。



「サクラ相手に影分身出してどーすんのよ。それじゃ意味ないでしょーが」



クリクリと頭を撫でながら、コツンとおでこを軽くぶつけてくる。

チロ・・・ッと先生を盗み見たら、肩を震わせ、必死に笑いを噛み殺していた。



「そ、そんなに笑う事ないじゃない・・・。もしかしてって思っただけなのに・・・」

「大じょーぶ!間違いなく本物のオレだから」



マスクを軽く押し下げると、チュッと鼻の頭にキスされた。

そのままおでこにもキスされて、深く腕の中に閉じ込められる。

優しい匂いがした。

私の大好きな、カカシ先生の匂い・・・。



「ホントだ・・・。本物のカカシ先生だ・・・」

「な?」



まだ可笑しそうにクツクツ笑っている。

良かった・・・。

今日は、私がカカシ先生を独り占めしてもいいんだ。

誰にも邪魔されないで、「おめでとう」って言えるんだ。

本当に本当に、私だけのカカシ先生なんだ。



「カカシ先生ありがとう、大好きっ!」



ギュギュッと抱き付いて、何度も何度も深呼吸した。

嬉しくて嬉しくて、胸がワクワク踊り出す。

頭や背中に感じる先生の大きな手が温かい。

この腕の中にすっぽり包まっていられるのは私だけ。

そう、私だけなんだ。

これって、なんて凄い事なんだろう。



目を瞑ってゴツゴツしたベストの感触を味わっていると、呑気そうな声が降ってくる。



「そういや、あっちはどんな具合だった?」

「・・・あっち?」

「影分身の方・・・。上手くやってたか?」

「・・・・・・」



上手いも何も・・・。

もう、せっかく忘れていたのに・・・。



女の子達に取り囲まれて、やたらご満悦だったカカシ先生の姿が脳裏をよぎる。

私の事はそっちのけで、デレデレベタベタとイヤらしい顔していた先生の一部始終。

途端に、ゴロゴロと心の中に暗雲が垂れ込めた。

ピクピクと、握った拳に力が入る。

あの正体が影分身だと分かっても、めちゃくちゃ腹立たしい光景に違いはない。

スッと身体を引き離すと、思いっ切り半眼で先生の顔を睨み付けてやった。



「・・・・・・」

「あれ・・・、サクラ・・・?」

「前言撤回。やっぱりカカシ先生なんて嫌い」

「はぁ!?」

「女の子達にちょっとチヤホヤされたくらいで、すっかり鼻の下伸ばしちゃって。恥ずかしいったらありゃしない」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「なによ。デレデレしちゃって、いい気になってさー。この浮気者ーっ!」

「だから・・・それは影分身で、オレじゃないって・・・」

「元は同じカカシ先生じゃない!」

「それはそうだけど・・・」



プイッとそっぽを向き、思いっ切り拗ねてやった。

あんなカカシ先生、もう見たくない。

なんか、途方もなく悔しくて、今頃になって涙が込み上げてきた。



「え・・・うぇっ・・・えぇっ・・・」

「お、おい・・・、泣くなって・・・」



とんだ薮蛇になってしまったカカシ先生が、オロオロと慌てている。

顔を覆う指の隙間から覗いて見えるカカシ先生は、真っ青になりながら形振り構わずに、

何とか私のご機嫌を取ろうと必死に頑張ってくれていた。



・・・ちょっとだけ嬉しかった。

でもせっかくだから、もう少しこのまま拗ねていよう。



「なー、頼むから機嫌直してくれよ」

「・・・やだ」

「そんな事言わないで・・・。ホラ、顔上げて・・・」

「やだったら、やだ」

「あー、これじゃ何のために影分身出したんだか・・・。すまんっ、この通りっ!今日一日、サクラの言う事何でも聞くから・・・」

「・・・・・・」

「ね、サクラ」

「・・・・・・」



本当はもう怒ってない・・・。

でも、甘えて、わざと不機嫌な振りを続けていた。

だって、一生懸命心配してくれるカカシ先生がすごく可愛らしかったから。



むすっとした顔で、少しだけ顔を上げてみる。

慌てて顔を覗き込んできたカカシ先生は、可笑しいほど途方に暮れた目をしていた。



そんな顔しなくてもいいのに・・・。

少し困らせ過ぎちゃったかな。

ごめんね、カカシ先生・・・と、心の中で謝った。

・・・顔は、膨れたままだったけど。



「やっと、こっち向いてくれた」



ホッとしたように先生が笑う。

私が、チラ・・・と目を合わせると、恐る恐る腕を伸ばし、静かに私の肩に触れてきた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「嫌いだなんてさ」

「・・・・・・」

「そんな事、言うなよ」

「・・・・・・」

「たとえ冗談でも・・・サクラの口から聞かされると、かなりへこむ」

「・・・・・・」



淋しそうに笑う瞳が、すぐ目の前にあった。

穏やかな声が、かえって胸に痛い。



そうよね。あれは本物のカカシ先生じゃない。

本物のカカシ先生は、わざわざ私一人に逢いにきてくれたんだ。

なのに、私ったら・・・。

カカシ先生になんて酷い事言っちゃったんだろう・・・。



「ごめんなさい・・・」

「ハハッ、もういいよ。気にしてない・・・」



いつもの調子に戻ったカカシ先生は、ポフポフと頭を撫でて、つむじに軽く唇を落としてくる。

私の気持ちもストンと落ち着いて、いつもと同じ二人の時間が流れ出した。

軽く先生にもたれかかりながら、一緒に空を見上げてみる。

ふと、まだ先生にお祝いの言葉を言ってない事に気が付いた。



「カカシ先生・・・、お誕生日おめでとう」

「おっ、ありがとな」

「じゃ、プレゼント・・・」


にっこり笑う形のいい唇に、そっと唇を押し当てた。

舌と舌が僅かに触れ合う。

深追いしたくなる気持ちをグッと抑えて素早く唇を引き離すと、思わせ振りにウインクした。



「続きは、後でね・・・」

「そりゃ、楽しみだ」



うーん・・・と気持ち良さそうに先生が大きく伸びをしている。



「しかしなぁ・・・、少しばかりサービスしとけとは言ったけどな。サクラを泣かすまでサービスしてるとは思わなかった」

「ふふふ、本当よねー。カカシ先生の普段の行いが、いけないんじゃないの?」

「そんな・・・」



やれやれ、困った奴だ・・・と、自分の影分身に呆れ返っているカカシ先生を見て、私が笑う。

そんな私を見て、今度はカカシ先生が笑い出す。

二人してしばらく笑った後、



「じゃ、そろそろ行きますか・・・」



しっかり手と手を繋ぎ合い、トンッと勢いよく枝を蹴った。









繋いだ掌が温かい。

カカシ先生の熱と一緒に、先生の想いもいっぱい流れ込んでくる。

大丈夫・・・。

どんなにライバルが多くたって、私にはこの繋いだ手があるから。

だから、どんな事があっても、絶対に大丈夫。

私の気持ちは、揺るがない――









「ねぇ、何の騒ぎ・・・?」

「あ゛・・・」



アカデミーの庭先からキャーキャーと黄色い歓声が上がり、物凄い黒山の人だかりが出来ていた。

そして、辺り一面に漂っているピンク色のチャクラ・・・。



いやな予感がする・・・。



気配を消して物陰からそっと覗いてみると、案の定、一大ハーレムが出来上がっていた。

もちろん、その中心は・・・。



「な、何やってんだよ、あいつ・・・。サ、サクラっ、あれは何かの間違いで・・・」

「・・・最っ低・・・!」

「ま、待て・・・、機嫌直せって、サクラーっ・・・!」



強引に先生の手を振り切ると、すたすたとアカデミーを後にした。





何なのよ、何なのよ、何なのよ!

やっぱり、私だけのものにならないカカシ先生なんて、大っっっ嫌い!!!