ジリ、ジリ、ジリ・・・
テレビの音も何もない部屋で、お前の視線が突き刺さる。
――― 視線 k-side ―――
昨日五代目から預かった書類と、朝から格闘している。
表紙には、赤々と『極秘』の印。 限られた上忍しか目にすることのない紙の束。
いくら『印』を押そうが結ぼうが、必死で見る気になりゃいくらでも見られるだろうに・・・と、
くだらない思いに思考を奪われ、目で追った文字達が頭を素通りしていく。
―――― 駄目だ。集中しなくちゃ・・・。
軽く頭を振り、雑念を振り払ってペンを手にする。
カサ ――― ・・・
静寂に包まれた部屋にページをめくる音が響き渡る。
ソファにもたれ掛かって本を読んでいるお前。
スラリとした形の良い脚を、ゆっくりと組み替える。
見るとはなしに、視界の端でお前を捉える。
手元の文字を見詰めていたはずが、知らぬ間にお前の動きに気を奪われている。
いけない、いけない・・・
軽く唇をかみ締め、気を逸らさないよう懸命にペンを動かす。
フワリ ――― ・・・
小さく身じろいて脚を組み替えながら、片手で髪を掻き揚げるお前。
そしてそのまま、俺を見ている。
視線を逸らさず、獲物を狙うかのように。
ザワザワザワ・・・
心が妖しく騒ぎ出した。
軽く小首を傾げ、頬に落ちる髪を形の良い耳に掛けて、そのまま指で弄んでいる。
サラサラサラ、サラサラサラ・・・
指先から零れ落ちる柔らかな薄紅の髪。
不意に、甘い香りが立ち込めたような錯覚を起こした。
お前の香りが、気配が俺を包み込む。
ゆっくりと、しなやかに。
そして、絡みつくようなお前の視線がジリジリと俺を追い詰めていく。
必死で意識を書類に集中させ、文字を追う。
視界の端に映る薄紅色が、嘲笑うかのように揺れた。
どんなに意識を切り離そうとしても、お前の視線がそれを許さない。
半ば意地でペンを走らせているが、何を書いているのか自分でも解らなかった。
ジリ、ジリ、ジリ・・・
どんどんと絡みつき、沁み込んでいく熱い熱。
心臓を鷲掴みされ、呼吸一つも儘ならなくて ―――
フウッ・・・
堪らずに、大きく息を吐き出した。
静かにソファから立ち上がり、キッチンへと消えていったお前。
視線の呪縛から逃れ、体中の力が抜け落ちる。
参ったな・・・、こんなに翻弄されるとはねぇ・・・
一回り以上も違う年齢差に安心しすぎていた。
少女の仮面の奥に潜む、艶かしい女の魔性に魅入られて勝てる訳がない。
諦め顔で書類を眺めていると、挽きたてのコーヒーのほろ苦い香りが漂ってきた。
「ああ・・・、ありがとう」
ゆっくりとカップに口を付ける。
胸いっぱいに広がる、上質でほろ苦く、しかし何処か甘い香り。
ざわついた心が、やっと落ち着きを取り戻したその時 ――――
お前の両手が肩に触れた。
直接感じる柔らかさとその熱。ああ、また心が騒ぎ出す ―― ・・・
「サクラ・・・」
掠れた声で呟いた。
うっすらと目を開けるお前。再び絡まった視線が誘うかのように揺らいでいる。
耐え切れず、きつく目を閉じた瞬間、
チュ ―― ・・・
お前の唇が降り注ぐ。お前の匂いに包まれる。
完全に囚われてしまった。
「・・・サクラァ、あんまり煽んないでくれる? 続きがしたくなる・・・」
「フフ、それじゃ早く終わらせてね」
何事もなかったように立ち去るお前。
早く終らせろって・・・、どうすりゃ良いんだよ・・・
ジリ、ジリ、ジリ・・・
再び肌を焦がすような熱い視線。
最早、目も書類の文字を追っていない。
意味不明の記号の羅列に辟易して、ペンを放り投げた。
「んんっ・・・・・・」
腹立たしげにソファに押し倒し、乱暴に唇を貪った。
舌を絡め捕り強く吸い上げる。
上顎を丹念になぞって頬裏を執拗に嬲り続けた。
口中を蹂躙され苦しそうにしてたって許してやらない。
俺はそんなに優しくないからね。
荒々しいキスを繰り返しながら、邪魔な衣服を剥ぎ取っていった。
「せん、せい・・・・・・、お仕事、は・・・?」
詰るような、それでいて勝ち誇ったような眼差しに余計に煽られる。
「んー・・・。ちょっと、休憩」
余裕のあるふりをして、華奢な鎖骨に軽く歯形を残す。
そのまま白い首筋に紅い跡をいくつも付けながら、肌蹴た胸へ顔を埋めた。
放してなんかやらないよ。
ずっとお前を繋ぎとめてみせる。
他の男に目が行かないように、
何度でも俺を刻み付けてやるから。だから・・・
俺だけを見て。俺だけを感じて。
俺だけに触れて。そして、俺だけに愛を囁いて。
零れる嬌声。煽られる本能。誘い込む瞳。渇望する征服欲。そして、深く繋がる熱い想い。
堕ちて、堕として、堕されて。激しく求め合い、ぎりぎりまで高みに引き上げられて・・・
ソファでまどろむお前にそっと毛布をかけ、静かにキスをする。
寝顔はまだまだあどけなくて、あれほど俺を翻弄した女とはどうしても思えなくて。
お前の良いようにされたという事実を認めたくない諦めの悪さに、我ながら呆れて苦笑が漏れる。
さて、と・・・。
お前が眠っているうちに、視線の呪縛から逃れているうちに、少しは仕事を進めないと。
「一段落したら何かうまいモノでも食いに行こうかなあ・・・」
軽く気を取り直し、俺は再びペンを握り締めた。