サクラと付き合い始めて、確実に変わったもの。
それは、二人の距離と、俺の部屋の小物達。
――― pair goods ―――
恋焦がれた少女と想いが通じ合って数週間が過ぎた。
その間、互いに細々と任務が入り、実際顔を合わせたのは2、3回位か。
そして今日、俺は一週間にわたる任務を無事に終え、浮き立つ心で、久しぶりに自宅へと向かう。
今までなら大怪我でもしていない限り、着替える間もなくそのまま誰かと飲みにいったり、歓楽街を冷やかしてみたり、と、
体内に未だ残る昂りを発散させるために、いろいろ夜の街を遊び歩いたりもしていたが、今日は違うぞ。
だって 約束したんだ ――――
『先生の帰り、ご飯作って待っててもいい?』
初めての あのコの手料理 ―――― ・・・
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい! カカシ先生!」
ドアを開けながら声を掛けると、奥からパタパタと駆け寄ってくる恋人の姿。
一週間ぶりに逢える喜びが、その声や笑顔からひしひしと伝わってくる。
細い腰を素早く抱きとめ、軽くキスを交わした。
「ただいま、サクラ。元気にしてた?」
「うふふ。先生も元気そうで安心したわ。もうすぐ食事の用意が出来あがるから、先にシャワー浴びてきて」
薄く頬を染めながらキッチンに戻っていく後姿を見て、何とも言えない幸福感に包まれる。
一週間ぶりの自宅は、きれいに掃除されていて、汚れ物もちゃんと洗濯されている。
灯りの点った部屋に、温かい食事の用意まで――――
(あー、いいよねー。こういうの・・・)
小さい頃からずっと一人きりで、家庭の温かみなど無縁の毎日で――――
(快適な我が家に帰れる喜びって、こういうことなのかあ・・・)
「・・・あれ?」
部屋を覗くと、見慣れないものが増えていた。
お揃いの二つのクッション、色違いのマグカップ、大きさの異なったペアの茶碗に箸・・・
「・・・なんか増えてるね」
「あっ! 一緒にご飯食べるのに、私用の食器を買いに行ったのね。それでいろいろ見てたら、先生の分までつい・・・」
皿をテーブルに並べながら、上目遣いでサクラがこちらを窺っている。
「先生・・・こういうの、苦手だった・・・?」
「ゼーンゼン! むしろ嬉しい。サクラと一緒にいるんだって感じられて」
(何だか、新婚さんみたいじゃないの)
ホッとした様子のサクラの額に軽く唇を落とし、洗面所に向かった。
「・・・・・・歯ブラシまで、ペア・・・?」
プラスチックのコップに、仲良く立て掛けられた色違いの歯ブラシ二本。
清々しい朝の光の中、お揃いのパジャマで、二人仲良く歯磨きしているシーンが頭を過ぎていく。
付き合い始めて日も浅く、未だそういう仲ではないのだが、ひょっとしてサクラはそういう事を望んでいるのか!?
「サクラ・・・、歯ブラシも買ったんだー?」
洗面所から顔だけ覗かし、何気なさそうに聞いてみた。
「うん。虫歯予防には食後10分以内の歯磨きが大切なのよ。知ってた?先生。だから、これ食べたらすぐ磨かないとね。
携帯用のは持ち歩いてるんだけど使いにくいのよねー。アレ。
・・・そうそう、先生の歯ブラシもだいぶくたびれてたから、ついでに新しいの買っといたわ。」
「・・・あ、ありがとうな・・・・・・」
(ついで、だったのね・・・。 お泊りしたいってワケじゃないのね・・・)
深読みしすぎた自分だけが、早くそうなりたいと願っているだけなのか・・・。
汗と埃と血の匂いを手早く洗い流し、サクラの待つリビングへと向かった。
「うわっ うまそう!」
テーブルには既に、煮物や焼き魚、炒め物にサラダなど、所狭しと並んでいる。
「はい、どうぞ」
席に着くと、熱い味噌汁と炊き立ての白飯が手渡しされた。
「ありがとう」
(マ、マズイ。すっげー嬉しいかも・・・)
見慣れたサクラが、見慣れた自分の部屋にいるだけなのに、全然知らない場所にいるみたいで妙に緊張する。
そうっと、味噌汁に口を付けた。
「うまい・・・」
思わず口にしていた。サクラの顔がパッとほころぶ。
急に空腹感を覚え、忙しく箸を動かし始めた。
「・・・先生、もっとゆっくり食べないと」
「んー、どれもこれも美味しくってさ、つい箸が進んじゃうんだよねー」
サクラは俺の食いっぷりに呆れているが、構うもんか。
実際、うまいのだ。どれもこれも。お世辞抜きに。
野営地での食事など、エネルギーを摂取できれば充分という代物ばかりだから、
こういった心のこもった料理を食べると、やっと里に帰ってきたんだなあと実感できる。
結局、サクラの分まで殆ど食べ尽くしてしまった。
「ハー・・・、うまかったー・・・。ゴチソウサマデシタ」
「ふふ、お粗末さまでした。ここまで食べてもらえると頑張って作った甲斐があるわ」
晴々と、満足そうに笑うサクラ。見ている俺も、満ち足りた気分になってくる。
鼻歌交じりに食器を洗うサクラの後姿を眺めながら、しみじみと呟いた。
「なんかさー、サクラの料理食べてたら、ふと思ったんだよねー」
「何をー?」 皿を洗う手を休めず、後姿のままサクラが聞き返す。
「お袋の味ってこういう味なのかなーってさ・・・。俺、物心付いたときにはもうオフクロいなかったし、オヤジもガキの頃にいなくなっちゃたからさ。
家庭的なものを知らずにきちゃったんだよね。メシも食えりゃいいさって感じで・・・。
上忍になってある程度名前が知られてからは、何を盛られているか判んないから、ますます他人の手料理なんて食えなかったし。
だから、特別に俺のために用意された料理を食べたのって、案外これが初めてかもしれない」
「・・・・・・先生・・・」
「ん?」
気が付くと、サクラは洗う手を休めこちらに向き直っていた。
とても切なそうな目をして。
「・・・こんな食事で良ければ、いつでも作りにくるわよ」
「ありがとう。・・・でも、大変でしょ?」
「一人分を作るのも二人分を作るのも、大して手間は変わらないものなのよ。
それに私も、部屋で一人で食べるより二人で食べるほうが楽しいわ。 うん!そうしよう?先生!」
ニッコリと笑って再び皿を洗い出す。
その小さな後姿が、やけに心に沁み渡った。
「じゃ、とりあえず明日も作りに来るね」
シャカシャカシャカシャカ・・・
二人で歯を磨きながら、明日は何が食べたいか互いにリクエストを出し合う。
鏡に映っているのは、色違いの歯ブラシを咥えている俺達。
(結構お似合いだねー・・・)
いろいろ増えた二人用の小物達を思い出して、えらく幸せな気分になった。
「サクラ、明日何時頃終わりそう?」
「んー、いつも通りだと思うけど・・・。何で?」
「じゃあさ、帰りに買いたい物があるんだ。付き合ってよ」
楽しそうに、何?何?と問いかけるサクラ。
買いたい物―――― それはね。もっとキミと一緒にいたいから・・・
「せっかくお揃いの歯ブラシもある事だし。あと、お揃いのパジャマと、サクラ用の枕を買いに行きたいんだけど」
どう? と笑顔で尋ねると、サクラはその真意に真っ赤になって茫然としている。
―――― そして、
「・・・しょうがないから、朝ご飯もついでに作ってあげるわ」
と、小さく呟いてくれた。
俺の部屋のお揃いの小物達。
まだまだ増えそうな予感。