――― 乙女の祈り 〜続・さくらさやけき〜 ―――
「なあ、紅・・・。十六、七の女の子って何欲しがると思う?」
「何?十六、七の女の子って・・・。あ、ひょっとしてサクラちゃん?」
「あぁ・・・、まぁ・・・そういうところ・・・」
人目を気にするように、カカシが紅にコソコソと相談を持ちかけてきた。
「どうしたのよ、そんな恥ずかしそうな顔して・・・。アンタがそんな顔するなんて珍しいじゃないの。
この時期、女の子の欲しい物って・・・。あらぁ・・・、もしかして、バレンタインのお返しか何か?」
「そう・・・なんだけど・・・さ・・・」
「へー!ますますもって珍しいわね!・・・アンタ、今まで山のようにチョコレート貰ってきて、お返しなんかした事あった?」
「ないよ。だから何あげていいか分かんなくて、悩んでんじゃないのさ・・・」
カカシが悩んでいる・・・。
バレンタインのお返しをどうしようか悩んでいる・・・。
それも、『あげる、あげない』のレベルではなく、『何をあげるべきなのか』を、可愛らしいほど真剣に悩んでいる・・・。
これって、天変地異の前触れ!?
あのカカシが・・・、本気で溜息なんかついちゃってるわ!
紅は、思わずにやけそうになる口元を必死に押さえて、目の前の男の顔をまじまじと見詰めてしまった。
「・・・な、何だよ。なんか文句でもあんのかよ」
「っんふふふっ。ないわよ、そんなもの・・・。やぁね。そんな真っ赤になって照れる事ないじゃない。別に恥ずかしい事なんかじゃないわよ」
「は、恥ずかしがってなんかないよ!」
「あ、あからさま過ぎよ、カカシ・・・。んくくく・・・、お、可笑し過ぎるわ・・・。ごめん・・・。睨まないで・・・。そうねぇ・・・。
じゃあ、とりあえず木の葉デパートにでも行ってみたら? この時期、そういうギフトコーナー賑わってると思うわよ」
「この前行ってきたよ、もう・・・。そしたら、飴だのクッキーだのマシュマロだの、香水だの化粧品だのアクセサリーだの、
挙句の果てには、下着までもがずらっと並んでて、もう何がなんだか・・・」
「えぇー!? カカシ・・・、アンタもうそこまで行動済みな訳ぇ・・・?」
し、信じられない・・・。
とにかくそういう商業的に仕組まれたイベント事は、ことごとく切り捨ててきたカカシなのだ。
「義理でくれたものに一々返事してられるか」と、非情なほど、義理も本気も散々蔑ろにし続けてきた男、だった筈なのに・・・。
それがまぁ今年は、分かりやすいほど真っ赤になって、いじらしくお返しをあれこれ悩んでいるとは・・・。
これがカカシにとってただの『義理』だなんて、天と地がひっくり返って太陽が西から昇ったとしても、絶対にあり得ない。
どんなに鈍い奴が見ても、『恋する少年』そのものじゃないの!
「そう・・・、そういう事だったの・・・。へー、相手はサクラちゃんか・・・」
とんでもなく面白い事に出くわしたと、眼を爛々と輝かせて、紅が食い付いてきた。
「ちょっと・・・。もう少し詳しく聞かせなさいよ」
「な・・・何かお前、誤解してないか・・・?」
「誤解?ふふふふ、さぁ・・・」
「あのなぁ、別に深い意味なんかないんだぞ。『単なる』お返し」
「そう・・・。なら、別に安いお菓子だけでも良いんじゃない?『単なる』お返しならね。そんなに頭悩ます事ないでしょうに・・・」
「そ、そうなんだけどさー・・・。ほら、念の為に、あのくらいの女の子って何が欲しいのかなーって・・・思っただけで・・・」
ゴニョゴニョと下手な言い訳を繰り返すほど、かえって真実だと白状しているようなものだ。
それよりも何も、まともに白を切り通すほどの余裕もないのだろうか。
まさか、カカシのこんな姿を目にするなんてね・・・。面白いったらありゃしない!
「ふふふふ、そうねぇ・・・。あのくらいの女の子って結構背伸びしたがるから、化粧品とかアクセサリーとか良いんじゃないかしら?」
「化粧品?」
「真っ赤な口紅とか歓ぶかもよ」
「口紅ねぇ・・・。でも、まだあいつ化粧しないでしょうよ・・・」
「あら。あと一、二年もしたら綺麗に装ってるわよ」
「んー・・・、でも化粧したサクラの顔なんて想像つかないなー・・・。化粧落とした紅の顔と同じくらい・・・」
「・・・アンタ私に喧嘩売ってんの?」
「アハハハ〜・・・、滅相もございません。紅お姉様」
「・・・まあ、いいわ。サクラちゃんに免じて許してあげる。とにかく、なるべく大人っぽいお洒落な物が良いわよ。
間違っても、ぬいぐるみなんかあげちゃ駄目」
「え・・・、だ、駄目なの・・・?」
「サクラちゃんがコレクターなら構わないだろうけど・・・、もしかして、あげようと思ってた?」
「いや・・・、そうは思ってないけど・・・、そうか・・・駄目なのか・・・、結構、アリかなー?なんて・・・思ったのにな・・・」
独りでブツブツと何やら呟いている。
冗談でも何でもなく、本当の本当に頭を悩ませているらしい。
イイ年した大の男が、随分と可愛らしいこと・・・。
「何だか、今のアンタって・・・、初めて好きになった女の子にどうやって告白すべきか悩んでる、思春期真っ盛りの
『ウブ』な坊やみたいよ・・・。カ・カ・シ」
「ぶっ!」
「案外サクラちゃんの方がいろいろ物知りで、しっかりリードしてくれるかもね」
「なななな・・・」
「ま、それはそれで楽しいかも・・・。精々頑張りなさいね、ぼ・う・や」
からかうだけからかうと、ヒラヒラと艶やかに手を振って、紅が去っていった。
恥を忍んで相談した割には、収穫があったのかなかったのか、よく分からない。
深い意味なんてないよ。普通のお返しだよ。
・・・ただ、サクラが結構手の込んだ仕掛けをしてくれたから、お菓子だけじゃ悪いかなーって・・・。それだけだよ。
大通りの店先のショーウィンドウを、見るとはなしに眺めていた。
結局何をあげれば良いのか決まらないまま、時間だけが過ぎていく。
一軒の化粧品店。
派手な化粧をした女優のポスターが煌びやかに店先に貼られ、『春の新色』と銘打った口紅がズラズラーと並んでいる。
ふと足を止め、 ウィンドウ越しのカラフルな色使いに目を遣った。
口紅か・・・。サクラだったら、どの色が似合いそうかな・・・?
真っ赤な色よりも少し淡い色の方が、オレは良いと思うけどな・・・。
でも、まだ早いんじゃないのかな・・・。
取り留めのない事を考えていたら、とてもよく知った声が耳に飛び込んできて、ぐいぐいと肘で突っつかれた。
「おやおや。カカシ先生ったら、彼女へのプレゼントですか?」
「おわっ!?」
「このこのー。なかなか隅に置けないですねー」
い、いつの間にいたんだ!?
サクラがニヤニヤと意味深な笑いを浮かべて隣に立っている。
あまりのタイミングの良さにちょっとだけ動揺しつつも、かえって手間が省けたと、ほっと安堵した。
「おー、ちょうど良かった・・・。なぁ、サクラだったらどの色が良い?」
「・・・そうねぇ。私だったら、これなんか優しそうな色で好きだけど、付ける人のイメージにもよるし・・・。先生、一体誰にあげるつもり?」
「誰って、サクラだよ」
「え・・・、私・・・?」
「ああ、この前のお礼にねー。・・・こんなのでも良いのかな?」
サクラの吃驚した顔が、段々嬉しそうにほころんできた。
なるほど。確かに紅の言うとおりかも・・・。
少し大人に見てやれば、乙女心は満足なのか。
「ありがとう、カカシ先生・・・。でもね、私もっと欲しいものがあるの」
「おっ、何々?」
「えへへ、綱手様の修行がなかなかハードでお腹空いてきちゃってね・・・。あそこで甘い物が食べたいんだけど・・・」
近くの甘味処を指差して照れ臭そうに笑っている。
「・・・何だよ、色気より食い気か。ああ、構わないよ。好きなの頼んで」
「ホント!?じゃあ、『特製白玉クリームあんみつフルーツ添え大盛り』でも良い?」
「ハハハ・・・、聞いただけで胸焼けしそうなシロモノだな・・・。ああ、何杯でも好きなだけどうぞ」
「やったー!」
勢いよく腕を引かれて甘味処の中に入っていった。
特製のあんみつを口にして、うっとりと幸せそうにしているサクラを見てると、「やっぱり、まだまだ子供だねー」と思ってしまう。
口紅よりもあんみつ・・・。
紅の言う事は、結局当てにならなかったじゃねーか・・・。
「しっかし、よく食うね・・・。これで何杯目?」
「だって、何杯でもおかわりして良いって言ったじゃない・・・。うふふふー、先生の奢りだと思うと、美味しくて美味しくて・・・」
「ちゃっかりしてらぁ・・・」
「あっ、すみませーん!栗ぜんざい一つ、お願いしまーす!」
「・・・腹壊すなよ・・・」
カカシ先生は呆れてるけど・・・。
嬉しくって嬉しくってしようがないの。
豪華な宝石、綺麗な口紅、素敵なアクセサリー・・・。
欲しい物は幾らでもある。でもね・・・。
どれも自分で買える物なの。お金さえ持っていれば私にだって買える。
だから、お金では買えない物を、思い切っておねだりしてみた。
僅かでいいから、カカシ先生を独り占めできる時間。
私の直ぐ目の前で、私だけを気にしてくれるカカシ先生との時間。
こうやってここにいる間は、先生は私だけに話しかけて、私だけに笑いかけてくれるでしょう?
だから苦しくったって何だって、おかわりするのを止められないのよ。
だって、もっともっと独占していたいんだもの・・・。
乙女の心は複雑なんだからね・・・。
口紅なんかじゃ満足できない・・・。
「く、苦しい・・・」
「だから食い過ぎだって。いくらなんでも・・・」
食べ過ぎて気分が悪くなり真っ青なサクラを、カカシはよくよく呆れながら家までおぶっていった。
あー、暗い夜道を二人ぴったり寄り添って・・・って、思いっきりロマンチックなシチュエーションなのになぁ・・・。
気持ち悪くってそれどころじゃない。
バカバカバカ!サクラのおバカー! せっかくの・・・、せっかくのグッドチャンスだったのに・・・。
「はぁ・・・、もう当分、甘い物はいらないわ・・・」
「そうだろうね。・・・まっ、精々ダイエットがんばれよー。胸より腹が当たってるぞ」
「・・・・・・」
くっくっ・・・と、忍び笑いが聞こえてくる。
思いっきり馬鹿にされているが、今のサクラには反論する元気もない。
「やっぱり、サクラはサクラだね」
「・・・・・・?」
どういう意味かよく分からなかったけれど、カカシ先生の声が意外と優しくて、それがちょっぴり嬉しかった春の夜。
もう直ぐ私の誕生日・・・。カカシ先生、あの約束憶えてるかな・・・?
憶えてくれてたら・・・、いいのにな・・・。