――― 想い ―――






全く、やってらんないな・・・。

どうしてこうも、毎日毎日仕事が溜まっていくんだ?



会議の資料だの、陳情書の束だの、未だ目を通されない書類がバリケードの如く机の周りを取り囲んでいる。

ここ数年、一度の綺麗になったためしのない執務室。

前の火影様方はもっと綺麗にされてましたぞと文句言われてのなぁ・・・。

私だって好きで汚してるんじゃないさ。それだけ忙しいんだからしょうがないだろう?

前のジジイたち、ホントに仕事してたのかねぇ・・・。



片付けても片付けてもちっとも減らない、難攻不落の頑固な要塞。

その大半は、取るに足りない、本当に下らないものだらけ。

そのせいか、ペタン、ペタンと機械的に決済印を押し続けているが、中身なんかちっとも頭に入ってこなかった。

どうせ、シズネが前もって目を通してくれてんだろう?

几帳面なアイツのことだ。書類にちょっとでも不備があれば、容赦なく担当者に突っ返してる筈。

いやぁ、優秀な付き人を持つと、本当、この点は助かるねぇ。

ま、私がのんべんだらりとしてる分、イヤでもあの子がしっかりしちまうのか・・・。



あーあ、それにしても昔が懐かしいねぇ・・・。

着の身着のまま、物見遊山であちこち廻って、賭け事三昧に明け暮れた毎日。

儚い浮き草のように気ままにふらついて、今に比べりゃ、荒んだ毎日だったが、あれはあれで楽しかった。



なのに、ひょんな事から火影になっちまって、里中の厄介事の面倒を見る羽目となった今では、

おいそれと気軽に飲み屋に行くことも儘ならない・・・。  ハァ・・・。



・・・そういや、踏み倒した借金、あとどれくらい残ってったっけ?

あの頃は必死に人相を変えて借金取りから逃げ回っていたが、

いい加減、金貸し家の親父達も、今度の火影が『伝説のカモ』だって気付き始めたらしいしな・・・。

ふん。私が影で『伝説のカモ』って呼ばれてた事くらいちゃんと知ってるよ。

最近、はした金程度のチンケな依頼が多いのは、アイツラの嫌がらせか?



・・・まあ、嫌でも何でも、借金返し終わるまでみんなに頑張って働いてもらわないとな。

なんたって、この里にいるものは全員家族なんだからね。

ホント、良い事言ってくれたもんだねぇ。猿飛先生も。



おや・・・、あの二人は・・・?



アハハ、やっぱりそうだ。珍しく残業もしないでそそくさと帰りやがったと思ったら、そういう事か。

何だか行き違いもあったようだが、結局はうまくいったみたいだねぇ。

おやおや、随分ピッタリとくっ付き合って、腕なんか組んじゃって、見せ付けてくれるじゃないか。

フフッ、独り身には目の毒だよ、全く・・・。





あんな日が・・・。



ずっとずっと昔、私にも、あんな日があったねぇ・・・。

好きな人と並んで歩いて、つまんない事をいつまでも語り合って、馬鹿みたいに笑い合った。

『火影になるのが俺の夢だ』ってキラキラと高揚した笑顔のアンタを、間近で見るのが好きだったよ。

アンタの夢が叶うように、どこまでも応援していたかった・・・。



なのに、何の因果か、今じゃこの私が五代目火影なんだからねぇ・・・。

アンタが生きてたら、今頃何て言われていることやら。





ひょっとしたら、私はあの二人に、アンタと私の姿をだぶらせているのかも知れないね。

私達の叶わなかったものを、アイツ等に叶えて欲しいのかもしれない。

自分の大切なものを守りたいと、がむしゃらに突き進むあの子に、昔の自分を見ているようで、

だから・・・、甘いって馬鹿にされそうだけど、私はあの子の想いを見守りたいんだ。温かく。

あの子には、幸せになってもらいたい。私の分まで。

忍にとっちゃ恋なんて、いつまで続くか解らない、かりそめの幸せだけど、

それだって、夢見る事ぐらいは許されるだろう?



・・・何だか、感傷的になっちっまったな。私らしくもないか?



まぁ、たまには良いだろう。きっと、親心って奴だ。

アンタと、あの二人を想って、ここは密やかに乾杯といくか!



クフフ・・・。こんな事もあろうかと、抽斗の奥に隠しておいた銘酒『木の葉の雫』!

気分転換でもしなきゃ、こんな激務、やってらんないよっと。

・・・それでは、乾・杯・・・。





「チョーーーートッ!! 綱手様ーーー!! 仕事中にナニ酒なんか飲んでんですかーーー!!」





・・・しまった。煩いのに見付かっちまった。





「全く、何考えてんですか! 全然仕事も終ってないのに。この書類の山、今日中に目を通す分なんですからね!」



バーンって・・・、そんなに勢い良く書類を叩いたら、部屋中埃だらけになるじゃないか・・・。

はいはい、そんな顔しなくても判ってるよ。あんたの言いたい事は。

・・・全く、小姑根性丸出しにしやがって。

シズネ・・・。あんた、私の面倒見るのも良いけど、自分の面倒はどうなんだい?

このままじゃ、妹弟子に先越されるよ・・・。






「余計なお世話です!!」






あぁ・・・、シズネもいろいろ難しいお年頃か・・・。

そろそろシズネのお相手も、本気で探してやらないと・・・。



しかし、付き人の恋のお相手探しも火影の仕事なのか?

こうなりゃ、何でも屋だな。

全く、火影ってヤツは何でこんなにも忙しいのかねぇ・・・。