「本当に・・・サクラに・・・」
「・・・え・・・?」
「助けて・・・・・・もらっちゃった・・・な・・・」
「・・・・・・」


助けてないよ・・・。
私、何にも出来なかった。
先生が血塗れになって倒れていたのに、どうする事も出来なかったんだよ、私・・・。


「どう・・・した・・・?」
「・・・違う・・・。私、何にも・・・していない・・・。何も・・・何も出来なかった・・・」
「・・・・・・」
「先生が・・・先生があんなに苦しんでいたのに・・・それなのに、ただ・・・ただ見ているだけで・・・どうする事もできなくて・・・」
「・・・そっか・・・」
「いつも先生に、守られてばっかり・・・。それなのに、私ったら先生を守りたいなんて・・・。ごめんなさい・・・なんて、おこがましい事・・・私・・・・・・」


悔しい・・・。情けない・・・。


私は結局、医療忍術が使えるようになって、ちょっといい気になっていただけなんだ。
いつも先輩に助けてもらっていたのに、自分一人で何でも出来るって勘違いしていて。
でも、本当は何にも出来なかった。
怖くて震えて見ているだけだった。
先生はそんな私をずっと信頼してくれていたのに・・・。
なのに、私は・・・。

どうしよう・・・。
カカシ先生にあわせる顔がない・・・。


「・・・そうだ・・・。綱手様・・・呼んでこなくちゃ・・・」


逃げ出すように席を立って、病室の外に出ようとした。
なのに――

「待って」
「・・・・・・」
「もう少し・・・ここに居てよ」
「・・・・・・」

カカシ先生のばか・・・。
そんな優しい眼で見られていたら、身動き取れなくなっちゃうじゃない・・・。
ほら、逃げ出すタイミングを失ってしまった・・・。

「ね・・・こっちおいで」
「・・・・・・」

ふぅぅ・・・。

小さく小さく息を吐いて、諦め気味に席に戻る。
そんな私に向かってカカシ先生は、そっと左手を差し出した。

「サクラ・・・、ちょっと手・・・握ってみてくれないか?」

意味がよく分からないまま、先生の言う通りに手を握ってみる。
ここ数日でとても馴染んでしまったこの感触。
両手でそっと包み込むように握り締めると、
「あ、やっぱりそうだ・・・。そうそう、この感じ・・・」 カカシ先生はすごく嬉しそうにニコニコと笑い出した。


「え・・・、どうしたの?」
「・・・いやね、気ぃ失って・・・ずっと闇の中、彷徨ってる時にさ・・・、いつも気配・・・感じてたんだ・・・。なんか温かくて、懐かしい感じの・・・」
「・・・・・・」
「その気配ってのがな・・・、オレが闇に打ち負けそうになると・・・決まって助けに来てくれるんだよ・・・。まるで、『頑張れ』って・・・励ますみたいに・・・」
「・・・うん・・・」
「その気配を感じると・・・ホント安心して・・・。闇に呑まれる恐怖とかも、全部消えちゃってなあ・・・。いっぱい・・・勇気を分けて貰った・・・」
「・・・・・・」
「あの気配に守られてなかったら・・・今頃、駄目だったかもしれない・・・。いつも傍に寄り添ってくれて・・・独りじゃないから、頑張れたんだな」
「・・・ん・・・」
「でさ・・・、最初、気付かなかったんだけど・・・、これって、もしかして・・・サクラかなって・・・」
「・・・・・・」
「で、ちょっと・・・確かめさせてもらったワケ」
「・・・・・・」
「そしたらやっぱり、サクラだった・・・」
「・・・カカシ・・・先生・・・」
「だからやっぱり・・・オレはお前に命を守られた・・・。自信持っていいよ。・・・お前は立派な医忍だし・・・何よりも、オレの一番大切な・・・・・・」


ふと、可笑しそうに口を噤んでしまった先生が、キュッと軽く手を握り返す。

『オレの一番大切な・・・』
勝手に、その先の言葉を思い描いてもいいんだろうか・・・。

「・・・フフ・・・」

俯いて小さく泣き笑いしながら、ほんの少しだけ握手を返した。


「・・・本当に、私の気配を感じてくれてたの?」
「ああ、本当だよ。こう・・・なんて言うか、手の先が凄く温かくてさ・・・。それがどんどん身体中に広がってく感じで・・・」
「不思議・・・」
「何が?」
「だってカカシ先生、さっきまで大部分の神経が麻痺したままだったのよ」
「うん」
「辛うじて呼吸してただけで、温かいとか冷たいとか感じ取る事は到底無理だって綱手様が・・・」
「へー・・・、そりゃ凄いな」
「ね?」
「サクラの念が」
「え・・・?」
「だって、麻痺した神経素っ飛ばして・・・、オレん中に、ダイレクトに語りかけてきたって事なんでしょ?」
「え・・・そうなの・・・?」
「何だよ。オレに訊くなよ」
「え、だって・・・そんな事・・・」


本当にそんな凄い事をしたんだろうか・・・?
私は、ただ無我夢中でチャクラを送り続けていただけなのに。

でもそれは、きっとカカシ先生だったから出来た事なんだろう。
もしこれが別の人だったら、ここまで必死になれたかどうか、よく分からない。
綱手様にばれたら、「任務に私情を挟むなっ!」 と、大目玉喰らいそうだな・・・。


「・・・悪い。・・・なんか一気に喋ったら、また眠くなってきた・・・」
「あ・・・、ご、ごめんなさいっ・・・!先生病み上がりなのに、私ったら、ちっとも気が利かなくて・・・」
「いーよ。気にすんな・・・」


静かに目を閉じると、スゥーッと引き込まれるように、また眠りに就いてしまったカカシ先生。
じっとその様子を見守って、先程までの深い眠りではない事に改めてほっとした。

「はぁ・・・」

この数日間、いろんな事があり過ぎて本当に気が気ではなかった。
自分の精神力の至らなさや力不足を痛感し、このまま医忍の道を歩んでもいいのか、本当に思い悩んだ。
あーあ、まだまだ修行が足りないな・・・。
このまま医忍を続けるにしても、あるいは辞めて正規部隊に戻るにしても、これから先、もっともっと大変な修羅場が待っているに違いない。
忍である限り・・・。
カカシ先生と同じフィールドに立ちたいと願う限り、それは避けては通れない事なのだから。

「・・・・・・」

そうだ。綱手様に報告にいったら、その後、何か修行をつけてもらおう。
次はちゃんとみんなを援護できるように、もっと強く、もっとしっかりと、もっと冷静に、そしてもっと―――


・・・あれ・・・?
手が外れない・・・。


「あらら・・・」


よりにもよってカカシ先生は、私の手をしっかりと握り返したまま眠っていた。


「・・・・・・」


カチコチカチコチカチコチ・・・

壁に掛けられた時計が、ゆっくりと時を刻んでいる。
僅かに開け放った窓から気持ち良い風が吹き込んで、フワリ・・・とカーテンを膨らませていった。

『慌てることなんてないよ・・・』
頭の中で、カカシ先生が優しく囁いている―――


「・・・んもう・・・、しょうがないな・・・」


握った手を解くのは、簡単だけど。
だけど、私の手をぎゅっと握り締めて無防備に安心しきって眠る先生の顔は、まるで小さな男の子のように嬉しそうに見えて。
いつも私が握ってばかりだったから、たまに反対に握られるのも悪くないな・・・とドキドキしながら思った。


「しょうがないから・・・、もう少しだけ、傍についていてあげる」


枕元に顔を寄せて、しっかりと握られた手をキラキラと見詰めて。

そして、先生の規則正しい寝息を子守唄代わりに、いつしか私も眠りに落ちた・・・。






早く・・・、早くあなたに追いつきたい。

一日も早くあなたと肩を並べて、一緒に前に進んでいきたい。

今はまだこんなにも懸け離れて、あなたの足元にも及ばない私だけど、でもいつか、あなたの傍で・・・、あなたのすぐ隣に立って、今度こそあなたをしっかりと支えてあげたい。

この想いをちゃんと告げられるのは、きっとその時。

だから早く、一日も早くあなたに追いつかなくては。

そのために・・・、そのために、私にできる事。

それはきっと・・・  それはきっと・・・  






おまけ(?)のこぼれ話



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