月夜


遥か高く ――― 夜半(よわ)の中天に浮かぶ蒼白い月。 

今宵、その冴え冴えとした白き光を遮るものは何一つ無く、見渡す限りの砂の荒野を、ほの白く照らし続けている。

刻々と姿を変える砂の斑紋。
一つのところに留まる事を許されない己の様だと思った。

今日、一つの大きな星が散った。
若い星たちに希望を託して。

木の葉の忍に依頼された命は、若き風影の救出。
そして、それは確かに任務遂行されたのではあるが・・・。


遠く微かに、サクラの慟哭を感じた。


荒野の中にポツンと佇む真新しい墓。
その墓前でサクラは一人声を上げて泣いていた。

若き風影にも、そして命を懸けて彼を救った先駆者にも、結局は何もできなかった己の未熟さを悔いているのだろうか。

「サクラ・・・、風邪を引くぞ」

もう、何時間もここにいるのだろう。
その肩はすっかり冷え切っている。
フワリ・・・と、着ていたベストをその肩に掛けてやった。

「先生・・・、私、何も・・・できなかった・・・」

我愛羅君を助けることも、チヨバア様を助けることも何一つ叶わなかったと激しく己を責め続けるサクラ。

いや・・・。何もできなかった訳じゃない。

チヨバア様を変えたのは、ナルトの力だけじゃなく、サクラ、お前の力でもあるんだよ。
そして、お前はチヨバア様の全身全霊の願いをちゃんと受け止める事ができたんだ。

お前は・・・立派だったよ。

「・・・カカシ先生。先生は、四代目様が自分の命と引き換えに九尾を封印した時・・・、どうしてたの・・・?」
「・・・どう、してたかなあ・・・」

忘れたふりをして曖昧に返事をしたが、本当はまざまざと鮮明に覚えている。



あの日、あの人が自らの命を懸けて妖狐を封印すると知ったとき、オレは形振り構わず、あの人に取り縋った。
なぜ、そこまでするのですかと。
他にも方法があるはずですと。

むざむざと命を捨てて欲しくなかった。

でもあの人は―――
迷いのない穏やかな目で、静かに笑っていた。

『カカシ。オレはこの里を護る火影だよ』

なおも取り縋るオレを三代目が叱咤した。

『カカシ!お前は四代目の忍道を貶めるのか!』



「・・・ごめんなさい。先生のほうが私よりもずっと辛かったはずよね・・・」
「・・・いや、大切な人を失う痛みに違いはないよ。サクラは本当に・・・立派な忍だ」

オレにできなかった事を・・・、大切な人の想いをしっかり受け止める事ができたのだから。

「三代目様も四代目様も里のために命を落とされて・・・、いつか師匠も、そうなるのかな・・・」

ポツンと小さく呟き声が漏れた。

それは――― 在り得ない事ではない。
五代目も十分に承知してるだろう。そうでなければ、火影と言う重責は、とてもじゃないが果たせない。

でも、その事実は今のお前にはあまりに酷に思えたから、

「んー。あの人に敵う忍はそうそういないでしょ。医療忍術のエキスパートだし、何てったってあの馬鹿力だし。それに、自来也様もついている。心配ないよ。」

気休めでも何でもいい。サクラに安心して欲しかった。

「うん・・・」

サクラが小さく笑ったとき、

「ウッ!」

激しい眩暈とともに左目に激痛が走った。

「カカシ先生!?」

左目を押さえ蹲るオレの顔を必死で覗き込もうとする。

「・・・大丈夫。すぐに、良くなる・・・」
「駄目よ!ちょっと待ってて!」

左目の上にサクラの手が添えられた。
やがて、温かいチャクラが静かに流れ込む。

「・・・ハア・・・ハア・・・」

サクラのチャクラに包まれた。
お前らしい、優しく慈しみに満ちたチャクラ。
眩暈はまだ治まらない。だが、左目の痛みはかなり和らいだ。

「・・・ほんの気休め程度だけど・・・」
「ありがとう・・・。だいぶ楽になった」

何とか立ち上がろうとするオレに、サクラがいきなりしがみついてきた。
バランスを取り損ね、思わず尻餅をつきながら、それでもサクラを抱きとめた。

「・・・サクラ?」
「先生は・・・、先生はいなくならないで・・・!里のために命を捨てたりしないで!」

再び漏れる慟哭。
薄いアンダーシャツ越しに感じるサクラの涙。
そっと薄紅色の髪を撫で続ける。

忍として生きる以上、大切な何かのために命を懸けるのは当然のことで。
いざその場になったら、何の迷いもなく自分の命など投げ打つだろう。オレも、サクラも。

なぜ、人は憎しみ合うのか。
なぜ、己の欲のために罪を犯すのか。
なぜ、オレ達は忍の名の下に・・・、己の正義の名の下にこの手を血で染め続けるのか。

繰り返される矛盾と欺瞞。
それでもオレ達は進まなければならない。
たとえ手探りで血塗れになっても、歩みを止める事は許されない。
そして、もう一歩も進めなくなってしまったら・・・
それは、己の命の終わりの時。


でも今は・・・
せめて今だけは、忍のしがらみを打ち捨ててお前の側にいよう。

月が沈み、東の空が仄かに明け行くその時まで。




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