カカシ先生の特効薬
目覚めると、辺り一面を白い物に囲まれた、殺風景な部屋だった。
(あれ・・・?)
ゆっくりと、記憶を手繰り寄せる。
ああ・・・、そうだった。
砂の里での任務の最中、大技を繰り広げすぎて、またもチャクラ不足に陥ったんだ・・・。
一晩休んだ程度では所詮焼け石に水で、帰還途中、痺れを切らしたガイに強引に負ぶされ、弟子達からは、あからさまなほど白い目を向けられつつ、絶叫マシーンさながらの揺れとスピードに半ば意識を手放し、挙句の果てに、ここに放り込まれたんだっけ・・・。
「ハハハ・・・」
毎度の事ながら、自分でも情けない。
万華鏡写輪眼が決まった辺りまでは、あの場にいた全員の尊敬と感謝の念を一身に集めて、いざという時頼りになる木の葉上忍ランキング、ダントツ一位だったというのに、帰り際のこのていたらくで、ぜーんぶオジャンになってしまった。
・・・ひょっとしたら、前よりも、ポイント落ち込んでるかも。
「あーあ・・・。どうしてこうも相性悪いのかねー・・・」
幾度となく命を救われてきたこの瞳だけれども、こうも身体が動かないとなると、さすがにキツイ。
少なくても、あと一週間位はこのままだろうな。
何をする訳でもない、ひたすら横になって体力の回復を待ちながら、つらつらと思いを巡らせるだけの毎日。
昔はこれを機にとイメージトレーニングを繰り返してみたが、最近はそれすらも面倒というか、飽きてきた。
愛読書を持ち込んで読み耽るほどの気力も、まだないし・・・。
「・・・・・・ヒマだなぁ」
ナルトやサクラは、あれからどうしたかな・・・。
五代目のことだ。オレが休んでいてもきっと別の上忍見繕って、なにかしら任務を与えることだろう。
ちゃんと上手くやってくれりゃ、良いけど・・・。
変なところでアイツ等、我儘だからなぁ。
絶対、何か問題起こすに決まってる。
それで、後で文句を言われるのは、決まってオレなんだ。
「お前がちゃんと指導してこなかったからだ!」って・・・。
勘弁してよねぇ・・・。
昔ならともかく、今のあの二人はどう見たって自来也様と五代目の影響、そのものズバリじゃないの・・・・・・。
取り留めのない思考の断片が、ポツンポツンと浮かんでは消えていく。
ジグソーパズルのばらけたピースのような、纏まりのない小さな欠片。
流されるままに勝手に思い浮かべて、やがて、うつらうつらと微睡みかけた時、
「カカシ先生ー!元気にしてるー?」
「なーんだ。本当に寝込んでるってばよ!」
やたら賑やかな声が、病室に響いた。
「・・・お前等ねぇ・・・。病院内じゃ静かにって教わらなかった?」
不意に現実世界に引き戻され、僅かにうろたえながら、つい不機嫌そうな声を洩らした。
「アハハー、ゴメンってばよー!」と、あまり反省もしてないそぶりで頭を掻く少年と、「大して病人でもないくせに・・・」と、冷ややかに見舞いの花束を飾る少女。
いつもと変わらぬ、見慣れた光景。日常のままの二人が、そこにいた。
部屋の中の停止していた時間が、一気に動き出す。
無機質なモノクロの世界が、途端に色付き、輝き始める。
不思議と気持ちが軽くなって、冗談の一つでも飛ばしてみたくなった。
「あのさ・・・。オレ、あの時なけなしのチャクラ掻き集めて、大爆発からみんなを守ったんだけど・・・。いわば命の恩人でしょーが。 尊敬の一つもされて当然なのに、なんかお前等、冷たくない?」
わざとらしく拗ねた目つきで二人を眺めたら、
「隊員を守るのはリーダーとしての当然の務めでしょう?それに、帰り際のあのブザマな格好見せ付けられたら、もう恥ずかしくて恥ずかしくて、尊敬なんてしてられないわよ」
「そーそー。サクラちゃんの言う通りだってばよ!あれじゃあ、エロ仙人のほうがズーっとズーっと尊敬できるってばよ」
と、見事に斬り捨てられてしまった。
しかもこいつ等、勝手に見舞いの品のフルーツを物色してるし・・・。
「カカシ先生一人じゃこんなに食い切れねーってばよ」
「そうよ。腐っちゃったら、もったいないじゃない」
リンゴだのメロンだのを、勝手に山分けして持ち帰る算段をし始めている。
おいおい・・・。まずは小さく切り分けて、オレに食べさせてくれるのが筋ってもんじゃないの?
なんだか、空し過ぎる・・・。
あぁ・・・、あの技を開発するのに、どれだけ血の滲むような努力を重ねてきたことか。
命を削る思いで、たゆまぬ研鑽を続けてきたというのに、このひどいあしらいは一体何なのか。
冗談ではなく、本気で落ち込んでしまった。
「・・・カカシ先生、元気出すってばよ・・・」
バナナにかぶり付きながら、訳知り顔で、うんうんと頷くナルト。
「お前は良いよなぁ・・・、ナルト。どんなに大怪我したって、脅威の回復力で次の日にはピンピンしてるんだから。少しそのチャクラ、オレにも分けてほしいよ・・・」
ハァァ・・・と、力なくベッドに沈むカカシを見兼ねて、サクラが近づいてきた。
「しょうがないわね・・・。カカシ先生、私が元気の出るおまじないしてあげるわ」
先生、目を瞑って、と言うサクラの指示に従って渋々と瞼を閉じる。
「カカシ先生が早く元気になりますように・・・」
ふにゃ・・・
ほどなく、温かく柔らかいものが左の瞼に優しく触れた。
「エッ!?」
思わず目を見開くと、ニッコリ微笑んだサクラの顔が次第に遠ざかっていく。
「な、何・・・?」
柄にもなく真っ赤になってワタワタとサクラを見つめたら、ニシシー!と笑いながら、Vサインされた。
ナルトはというと・・・、 バナナを咥えたまま白目を剥いて気絶している。
「これで三日は早く直るわよ。カカシ先生」
山のようなフルーツを抱え、石のように固まったままのナルトを引き摺りながら、またねー」と、にこやかにサクラが出て行った。
扉の向こうから、二人の遣り取りが聞こえてくる。
「サ、サクラちゃん!お、俺は?俺にはおまじない、ないの!?」
「・・・あんたのどこが、怪我してるって言うのよ」
「エ、エェーー!?でも、でも、俺もおまじないして欲しいってばよー!」
「馬鹿なこと言ってないで、ホラ、半分持って」
「そんなー・・・。カカシ先生だけズルイってばよ・・・!」
「・・・ちょっと!落とさないでよ!馬鹿!」
・
・
・
・
「もう!何やってんのよー!」 「ゴメーン!サクラちゃーん・・・」
賑やかな声が、次第にフェードアウトしていく。
「・・・・・・うわ・・・」
尋常ではない心拍数に、サクラのおまじないの効果の絶大さを思い知った。
病院で処方される薬よりも、遥かに良く効く特効薬。
ひょっとして・・・、またチャクラを使い過ぎてへたばったら、この特効薬を処方してもらえるのだろうか。
(へへへ、ナルトめ。ザマーミロ!)
ニヤニヤと照れ笑いを浮かべながら、左目に残された仄かな感触を楽しんだ。
(あー、とっとと回復してまた一緒に任務に行きたいな・・・)
珍しく前向きな気分で、この先の入院生活を過ごせそうな予感がする。
「なんだか・・・、入院も悪くないよねー・・・」
思いがけないお見舞いの品に、少年のようにワクワクと心躍らせる上忍であった。
目次