pumpkin treat
「カカシ先生ー! Trick or treat!」
玄関が開くなり、聞こえた大声。
何事?と覗いてみると、そこには黒いトンガリ帽子と、同じく黒いミニワンピースを着込んだサクラが立っていた。
「え・・・、どうしたの?」
「だから、Trick or treat!」
なにやらたくさん詰め込んである紙袋を下に置いて、両手を差し出してくる。
僅かの間、思案してハッと気がついた。
「ああ、ハロウィーンか。今日は」
「そうよ。だからこの格好」
フフーと笑う顔は、いつものナチュラルメイクではなく、くっきりときつめにアイラインを引き、少しダークな色合いの口紅を塗っていた。
ベルベットだろうか。
艶と光沢のある黒のドレスは、サクラの色の白さをよけいに引き立てている。
光る黒に浮かび上がる、白い肌とピンクの髪。
綺麗だ・・・。
正直、似合いすぎている。
ゴクリと唾を飲みこみ、思わず凝視してしまった。
「・・・あのねー。甘い物苦手な俺の家に、お菓子なんてあるわけないでしょーが」
「ウフフ。知ってますよーだ!だから、甘いものの差し入れ。もうご飯食べた?」
俺の反応に気を良くしたのか、ニッコリ微笑みながら差し出した手を引っ込めると、よいしょっ!と、紙袋を抱えてキッチンに向かう魔女一人。
何だか仮装パーティから抜け出してきたようで可笑しいぞ。
・・・いや、実際、仮装してるのか・・・。
ガサゴソと袋からタッパーを取り出して皿に移し替え、温めなおしている。
中身は、パンプキンパイ、パンプキンプリンに、パンプキンサラダ。
でもって、かぼちゃの炊き込みご飯に、かぼちゃの煮物。
ひょっとして、あのコロッケの中身もかぼちゃだったりして・・・?
ジャック・オー・ランターンまで、顔を出した。
「・・・まあ、ハロウィーンといえば、かぼちゃだよねぇ・・・」
でも、ここまでかぼちゃのフルコースにしなくても良いんじゃない!?
「うん。ジャック・オー・ランターン作ると、中身が余っちゃうでしょう?それで、このメニュー」
ちらりと、ジャック・オー・ランターンに目をやる。
別にサクラが作ったのは、テレビや映画によくお目見えするようなやたらデカイ奴ではなく、ごく普通の大きさのかぼちゃであって。
どう見ても、これだけのかぼちゃの中身が発生する訳がない。
訝しげに睨んでいたら、
「あっ! ちょっとくりぬく練習してみたの」
ナルホド。何回も失敗したってワケね。
「・・・なんか言った?」
それでも、かぼちゃ尽くしメニューは美味かった。
だって、サクラが腕を揮ってくれたんだから。
俺一人では、到底口にしないような料理を食べるのは、なんだかワクワクして楽しい。
デザートのパイやプリンは甘味が抑えられていて、俺の口に合うようにと気遣ってくれたのがよく解る。
本当はもっと甘いのが食べたかったんだろうな。
ちょっと物足りなさそうな顔のサクラが可愛らしかった。
チラチラと灯を燈すジャック・オー・ランターンを眺めていたら、ふとある事を思い出した。
「そう言えば・・・、今夜大通りで何やらパーティがあるって張り紙があったね」
アカデミーの掲示板にも、張ってあったはずだ。
大して興味がなかったからちゃんと読まず仕舞いだったが。
「うん。ハロウィーンの仮装パーティだって。デビルとかウィッチとかいろいろいるんじゃないのかなー・・・」
楽しそうに、そしてちょっとだけ羨ましそうに目を細めてサクラが微笑む。
これだけ綺麗なウィッチを見せびらかすのも悪くないか?
「じゃあ、片付け終えたら一緒に行ってみる?」
「エッ! いいの!?」
やっぱり楽しみにしてたんだね。
小躍りしそうな喜び様に思わず苦笑いが浮かんだ。
まあ、たまにはいいか・・・。
「あ・・・、先生の服は、どうしよう・・・」
「心配御無用。まー、見てなさいって」
この前サクラが持ってきて、そのままになっている雑誌をパラパラとめくった。
確かここら辺に・・・。あー、あった、あった。
目当てのものを見つけ、軽く精神を集中した。
ボンッ ―――
普段着のカカシの代わりに現れ出でたのは、黒いマントにシルクハット、端正な顔立ちのドラキュラ伯爵。
姿見に映る自分を見て、おーなかなかと自画自賛してみる。
「上忍の手にかかりゃ、ちょいとこんなモンよ!」
「センセーすごーい!!そうか。わざわざ仮装しなくても“変化”って言う手があったのね・・・」
「おいおい・・・それじゃ仮装パーティにならないでしょ。俺のはあくまでもその場凌ぎだから」
「それにしたって・・・、どこから見てもドラキュラ伯爵だよ〜!スゴイスゴーイ!!」
マントをめくってみたり、服の裾を引っ張ってみたりと、なかなか忙しい。
全身隈なくチェックを終え、満面の笑みでパチパチと拍手を贈ってくれるのは嬉しいけど・・・何だか、馬鹿にされてるみたいだぞ?
妙なところに感心するサクラを伴って、夜の街に繰り出した。
キラキラとイルミネーションが輝く街を、颯爽と二人で練り歩く。
昼間の顔とは全く違う、街と人。
知ってる顔、知らない顔のかぼちゃだのお化けだのが、陽気にそこら中に溢れかえっていた。
気軽に挨拶を交わし、すれ違っていく魔物たち。
俺達もそこら中の魔物と挨拶を交わす。
綺麗に着飾った魔女もたくさんいるけれど。
でもやっぱり、俺の隣の小さな魔女が一番輝いているぞ!
心の中で、にんまりと笑った。
心が、身体が、ふわふわと軽い。
自然と笑いが溢れるような、おかしな高揚感。
でも、悪くない。
陽気にはしゃぎながら、めちゃくちゃに街中を歩き回り、ずっと手を繋いだままで、ちょっとした事にも二人で大笑いをして、そして、暗がりに差しかかるたびに何度も素早くキスを交わした。
そのたびに妖しく悪戯っぽく輝く翡翠色の瞳。
なんて魅力的な魔女なんだ。こんな魔女に出迎えられるなら地獄に落ちても後悔しないぞ。
あ・・・、地獄に魔女がいるわけじゃないよね・・・。
「そうだ・・・。サクラ、Trick or treat!」
ニヤリと笑って、繋いでないほうの手を差し出した。
どうせ甘いtreatは持ってないでしょ?
ならば、遠慮なく甘いtrickを、おねだりしようではないの!
「エヘへー! どうぞ!」
どこに隠し持っていたのか、待ってましたとばかりにバラバラとパンプキンクッキーをうずたかく積み上げた。
「え・・・、また、かぼちゃ・・・?」
「これだけあげれば、悪戯しないでしょう?狡賢いドラキュラさん!」
意地悪そうに横目で笑うサクラ。
ふーん。そう来たか。
よーし! 覚悟しろよ!
サクラに襲いかかる振りをして、大きく手を振り被る。
キャアキャア言いながら、楽しそうに逃げ回るサクラを追いかけた。
パーティはまだまだ続くけど。
そろそろ家に帰ろうか。
そして、日付が変わるその前に、二人でパーティのやり直し。
悪戯な魔女に、ちゃーんとお仕置きも、しないとね。
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