カサッ、カサッ、カサッ・・・

無言の重圧に耐え、カカシは下草を踏みしめながらひたすら綱手の後を歩き続けた。
背中の『賭』の文字が今にもメラメラと燃え上がりそうなほど、綱手は憤怒のオーラを撒き散らしている。
あの怒りっぷりからして、かなり大型の地雷を踏んでしまったらしい。

(そんなヘマ、したっけ・・・?)

最近受けた任務の首尾やら、普段の勤務態度、はたまたプライベートなお付き合いにまで考えを及ばせてみたが、一向に思い当たる節がない。
綱手に気付かれぬよう小さく溜息を繰り返しながら、ただ、後をついていくしかなかった。

やがて、演習場の外れにある閑散とした広場に辿り着いた。
ピタリ、と綱手の足が止まる。
辺りに人影がないことを確認すると、綱手は改めてカカシの方に向き直った。
相変らずの、全てを睨み殺せそうな目付き。
ギリギリにまで押さえつけられている怒りが、かえって恐ろしさを倍増させていた。

「あ、あの、五代目・・・?オレ、一体何―――
「お前、サクラに何をした?」
「・・・・・・はい?」
「お前が昨日サクラに何をしたのか、訊いているんだ」

ドスの利いた声が、低く静かに響き渡る。
さすがのカカシも、綱手の余りの迫力に思わずたじろいでしまった。

「き、昨日って・・・その・・・」

――― 昨日したことって、やっぱ・・・アノコト?)

「え・・・いや・・・ちょっと、キ・・・」
「返答次第では―――

ピッ、と人差し指をカカシの額に当てて。

―――コロス」
「ンガッ!!!」

な、何でサクラにキスしただけで殺されなきゃなんないんだよー!?風紀上問題だとでも言いたいのか!?でもなあ・・・、もう直属の上司と部下じゃないんだし、別に構わないよなぁ?サクラだってもうガキじゃないんだし・・・。・・・いや待て。もしかしたら違うこと訊いてるのかも・・・?あー、でも他は何にもなかったよな。普通にメシ食っただけだし・・・やっぱ、アノコトだよなぁ・・・。でも、あれ位の事で。・・・アレッ?そういやこのヒト、オレ達の仲を何やらプッシュしてたんじゃなかった?・・・じゃ何で怒ってんだよ・・・?ダメだ・・・。理解不能だ・・・。クソー!なんとか言い逃れしなきゃマジでやばそうだぞ。こんな時、写輪眼使ったって何の役にも立ちそうにないし・・・。あーあー!!そもそも、なんでこんな事になっちまったんだぁー!?

心の中の葛藤が、知らぬ間に顔に出ていたのだろう。
綱手は、ニヤリと意地悪そうに笑った。

「ほう、如何にも心当りがあるっていう顔つきだな。フン、どうせお前のことだ。嫌がるサクラを無理やり誘って、○○○○して××××した挙句△△△△でもさせて、今度は・・・」
「・・・・・・ハ?」
「だから!嫌がるサクラを無理やり誘って○○○○して××××した挙句△△△△させて今度は―――
「チョーーーッと待ってください!!オレ、そんな事してませんって!」
「・・・してない?本当に、何もしてないと胸張って言い切れるのか?アン?」
「いや・・・、何も、と言われると・・・」

ピッ、再び人差し指に力がこもる。

「し、してません!!してません!!五代目が仰ってるような事は一切何もしてません!」

大袈裟なまでに、全身を使って否定しまくった。

「・・・・・・そうか。原因はカカシじゃなかったのか。・・・くっ、シズネの奴!」

舌打ちとともに史上最強の人差し指がしまわれ、

「ハァァァ・・・・・・」

思いっきり、安堵の溜息を漏らすカカシ。


「あの・・・、サクラがどうかしたんですか?」 

怒りの矛先が自分から逸れた事を確認した上で、事の発端を恐る恐る訊ねてみた。

「・・・ああ。実は、今朝からどうも様子が変でな。一睡もしてない顔でえらく悩んでいるというか、思い詰めている。てっきりお前のせいだと思ったが・・・。ああ、すまないね。どうやら勘違いだったらしい」

じゃあ、私は部屋に戻るから。 お前も早く待機所に戻れよ ――― ニカッと笑いながら、綱手はさっさと火影室に向かって去っていく。

「・・・・・・何だったんだよ。一体・・・」

訳のわからぬうちに嵐に巻き込まれ、訳のわからぬまま嵐が勝手に過ぎ去った、結局なんだったんだ?という虚脱感。
一気に体中の力が抜け落ちて、よろよろとその場に倒れこみそうになった。
どうやら綱手の怒りは勘違いだったようで。
しかし、己の身の潔白を喜ぶ前に、ひとつ気になる事ができてしまった。

(サクラが一睡もできずに悩んでた?)

―――やっぱりそれは、昨日のアノコトなんだろうな。でも、眠れないほど思い詰めるって・・・。

正直、自分はサクラに好かれていると思っていた。単に、元上司と部下の延長なのか、それ以上なのかは微妙だったが。
少なくとも、嫌われてはいないと確信していた。

―――だって、メシ食ってた時だって、サクラあんなに楽しそうに笑ってたじゃないか。なのに、一度キスしただけで眠れないほど悩んで悩んで、思い詰めるなんて・・・。

 (・・・そんなに迷惑だったのか?結局、オレの勘違い・・・?)

「他に・・・好きな奴が・・・、いるのかな・・・?」

(ひょっとして・・・、いまだにアイツの影に捕らわれてるワケ?)

ある時期、サクラの視線の先にいた黒髪の少年。
 ――― もう、全て吹っ切れたように見えたのに・・・。


それでもやはり、心の奥底ではずっとアイツが振り向くのを待ち望んでいたのだろうか。
今でもずっと、アイツの隣に並ぶ事を願い続けているのだろうか。
考えれば考えるほど、あり得そうに思えてくる。

「ハハッ・・・。それじゃ・・・敵うわけ、ないじゃない・・・・・・」

――― せっかく自分の気持ちに気付いたのに。サクラが好きだって気付いたのに。


力なく、その場にしゃがみこんでしまっだ。
頭を抱え、じっとうずくまる。
全ての事が、もうどうでもよくなってきた。

「あーあ・・・」

泣きたい気分で空を眺めると、憎たらしいほどの快晴の空。

――空まで馬鹿にしやがって・・・」

思いっきり不貞腐れながら、呟いた。




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