お気に入りの日常


「う゛う゛ー・・・頭痛ェー・・・」

ポカポカと暖かい春の日差しに全く似つかわしくない掠れただみ声を上げながら、カカシがのそのそとベッドの上に起き上がった。
普段から眠そうな目は真っ赤に充血していて、まるで焦点が合ってなく、それでなくてもツンツン飛び跳ねている髪の毛は、完全に爆発した鳥の巣状態だ。

(なんでこんなに頭が痛いんだ・・・?)

頭痛の原因を思い出そうとするが、頭の中は完全に霞がかかっていて何も思い出せない。
かろうじて二日酔いだという事は分かった。
やがて、ポツンポツンと昨日の記憶の断片が蘇ってくる。


「あー、そうだった・・・。アイツらと酒飲んで、それで・・・」


ズキズキ痛む脳髄に思わず顔をしかめながら、ボリボリ頭を掻いていると、

「カカシ先生、やっと起きたのー?」

サクラが呆れ顔で部屋に入ってきた。



「うわっ、何この部屋!?お酒臭ぁーい!」

ぐいっとカカシにミネラルウォーターのボトルを押し付けると、シャーッと勢い良くカーテンを開けて窓を解き放つ。
バタバタ物音を立てながら躍起になって新鮮な空気を室内に取り込んでいると、カカシは頭を抱えて布団の上に小さくうずくまっていた。

「サ、サクラァ・・・、頼むから、もう少し静かに・・・」
「もう・・・。昨日は一体どれだけ飲んできたのよぉ!」

どれだけと聞かれても記憶が定かではない。
そもそもどうやって家まで帰ってきたのかも憶えていない。
確か、待機所にたむろしていた暇な連中で突如「花見に行こう!」と盛り上がって、肴はなくてもとにかく酒だけは大量に持ち込んで、それで勝手に『永遠のライバル』を名乗っているマイトガイが、「今回の対決はこれだぁぁ!!」と途中から一升瓶を突きつけてきて、そこから有無を言わさず闇雲に酒を飲まされ続けて、そして、そして・・・


気が付いたら朝を迎えていた。


「なぁ、オレどうやって家に帰ってきた?」
「知る訳ないじゃない、私が」
「だよなぁ・・・」
「とにかく朝ここに来たら、額当ても忍具もベストもあっちこっちに脱ぎ散らかしたまま、見事に撃沈してました」
「はー・・・、そんなに飲まされたっけ・・・。さすがに、ガイの奴も今日は潰れてるよな・・・」
「えっ、ガイ先生だったら、今朝リーさんと一緒に演習場の周りを青春マラソンしてたけど・・・。『この後は腹筋三千回だぁぁー!』って」
「・・・・・・マジ・・・?」
「ふふふっ、どうやら今回はガイ先生に軍配が上がったようね」
「あー、もうどうでもいいよ、勝敗なんて・・・。いい加減にしてくんないかなぁ・・・」

崩れるようにベッドに倒れこむと、心底嫌そうにカカシが呟く。
現在、八十六勝八十六敗二引き分け。
不思議と二人の勝敗は、いつだって均衡を保っていた。

「ねーサクラ、水飲ませてよ。口移しで」
「やーよ!私まで酔っ払っちゃうじゃない」
「ダイジョーブ!二日酔いはうつんないから・・・。さーさー」
「こんなにお酒臭かったら十分うつります。馬鹿なこと言ってないで一人で飲みなさい」
「ちぇ・・・」

億劫そうに頭を持ち上げると、ぐびぐびとボトルの水を流し込む。
そしてまたベッドに沈み込み、

「あーあ、一体いつになったらこの不毛な戦いは終わるのかねぇ・・・」

木の葉の里では超有名なライバル対決に、ほとほとウンザリといった様子で溜息をついた。



でも、サクラはちゃんと気付いてる。
いつだって体力全開真っ向勝負のガイに対して、カカシはのらりくらりと適当に挑発を受け流しながら、わざと勝敗を同じくしている事を。
カカシに常に全力で挑み続ける事がガイの友情ならば、勝敗を同じくしてその対戦に終止符を打たない事がカカシの友情なのだろう。

「・・・もしかして、カカシ先生って」
「ん?」
「本当はすごく優しいのかも」
「なに、その微妙な言い回し・・・。オレ、いつもサクラに優しくしてるぞー」
「ふふっ。ねぇ、今度はもう少しマシな対決にしたら?忍者らしく・・・」
「うーん、そうなんだけどなぁ・・・」

過去の様々な対戦を思い出しているのか、カカシがくすりと小さく笑った。
なんだかんだ言っても、二人にとってこのコミュニケーションは何事にもかえがたい大切なものらしい。


なんだろう・・・、ちょっぴり妬けちゃうなぁ・・・。
でも、そんなカカシ先生だから、こんなに好きになったのかもしれない――


たとえサクラといえども、立ち入る事のできない男同士の領域がカカシの中にはちゃんと存在していて、それを大切に思っているカカシが、サクラはとても誇らしかった。

(でも今は、私だけのカカシ先生よね・・・)

「ね、お水飲みたい?口移しで・・・」
「えっ?」

カカシの枕元でニヤニヤ笑っていたサクラが、わざとらしく鼻を摘みながらゆっくりとキスを仕掛ける。

一秒。
二秒。
三秒・・・。

やがて、ゆっくりと身体を起こして優しく銀色の髪を櫛梳きながら、甘い瞳で大袈裟に睨み付けた。

「うぅー、息止めててもお酒臭ぁーい・・・。先生、本っ当に飲み過ぎよ。今度から気を付けてね」
「スゲ・・・。一気に酔いが醒めた」

大きく目を見開いて思わず覚醒してしまったカカシが、あっという間にサクラをベッドの中に引き摺り込む。

「ちょ、ちょっと、何すんのぉー!?」
「何って、そりゃあねぇ・・・。こっちも負けずに青春しないと」
「やーん!髪の毛に匂い付いちゃうから止めてぇー!」
「コラコラ、仕掛けたのはサクラなんだから暴れない暴れない」

必死に逃げ出そうとするサクラをカカシは羽交い締めにして、後はいつも通りのお決まりの展開。

(この腕の中は大好きだけど、お酒臭いキスだけはちょっと勘弁してほしいな・・・)

サクラは大きく眉を顰めながら、それでも嬉しくて口元がつい綻んでしまう。

「ねー、カカシ先生」
「んー?」
「幸運の女神がここに付いているんだから、この次は絶対ガイ先生に勝てるわ。大丈夫!」
「おっ、それは頼もしい。サクラのお墨付きなら絶対だな」

ニンマリと笑い合って、くつくつと抱き合って、そして、いつもと変わらない日常の時間がゆっくりと流れていく。
込み上げて溢れ出しそうな幸せな気持ち。


あなたに逢えて本当によかった――


優しい時間を共有し合って、見上げる瞳はキラキラと輝いていた。




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