連日任務続きの先生は とてもお疲れのようだから
特別に マッサージ いたしましょう
――― マッサージ ―――
「カカシせーんせ! マッサージしてあげる」
風呂上がり、ソファーに凭れ掛かってボーっとしていたら、サクラが寄ってきた。
ここ数日Aランク任務がたてつづけに入り、まともに睡眠も取ってない。
さすがの俺も疲労が溜まって、これじゃマズいなと思い始めていた時だった。
「お! サクラがしてくれるの? サーンキュ」
「エヘへ。今日師匠に教わってきたの! リラックス効果のあるアロマオイルを使うから、上半身は脱いでね」
サクラの指示に従い、Tシャツを脱いでベッドにうつ伏せになる。
やがて、サクラの手がスルスルと肩や首筋を撫でる様に動き始め、甘く柔らかい花の香りが鼻腔をくすぐり始めた。
南国系の花も混ざっているのか。
ただ甘いだけではない、微かに広がるどこか刺激的な香り。
決して力を入れすぎず軽く皮膚を押さえるように、あるいは羽のように軽い指先でスーッと表面を撫で上げるように、サクラの指が踊っていく。
眠気を誘うような柔らかな刺激と、オイルのあまやかな香りに包まれて、ささくれ立っていた神経が穏やかに静まり始めていた。
肩の周りを丹念に揉み解すと、今度は肩甲骨の辺りを同じように柔らかく柔らかく解し始める。
そして、段々とサクラの手は下に向かい、腰の周りを少し強めにマッサージし始めた。
「あぁー・・・気持ちいいー・・・」
完全に全身が弛緩しきっている。
ここまで無防備な姿を曝け出したのも久しぶりだ。
「ウフフ・・・ それは良かった。 師匠に特別に教えてもらった甲斐があったわ」
ああ、なんだかサクラの声が小さくなっていく・・・。
後ほんの僅かで眠りの淵に落ちかけたその時・・・、
サクラの指が腰から首に向かって、スーッと一気に背骨の上を撫で上げていった。
ゾクッ ――――
思わず鳥肌が立ち、一気に神経が研ぎ澄まされた。
しかし、サクラの指は何事もなかったかのように、再び肩から腰に向けて丹念に踊り出す。
肩から肩甲骨、やがて腰 ―――
先程と同じ指の動き。
でも、こちらはリラックスどころではなく、どんどんと皮膚が敏感になっていく。
やがて、スウェットパンツ越しに尾てい骨の辺りを刺激し始めた。
柔らかい指先が、強弱をつけながら臀部の筋肉を解していく。
そのたびにドキンッと心臓が跳ね上がった。
木綿の布越しに、サクラの熱が確実に伝わってくる。
チリチリと雄の本能が頭をもたげ始める・・・。
(こ、これ・・・ただのマッサージだよね・・・?)
熱がじわじわと一箇所に集まり始めている。
心臓の鼓動が早鐘を打つようにどんどん速くなり、次第に息苦しくなってきた。
(あー・・・このままじゃ、ヤバイぞ・・・)
やがて、サクラの指はゆっくりと肩に向かって戻っていった。
来たときと同じように、丁寧に丁寧にカカシの肌に触れながらゆっくりと戻っていく。
(助かった・・・)
指先が肩に戻ってホッとしたのも束の間 ―――
今度は先程とは逆に、羽の生えた指先が腰に向かって一気に背骨の上を滑り落ちた。
「っ!!」
先程とは比べきれないほどの、ジンジンとした刺激が腰に集まってくる。
サクラの指は、そのまま柔らかく掴み取るように腰の下を押さえ始めた。
体温で温められた甘い香りが、鼻に、頭に纏わりつく。
今や全身の感覚は、過敏なまで研ぎ澄まされていた。
サクラの僅かに上がった息遣いが、まるで情事の最中の喘ぎ声のように聞こえてくる。
花の香りは、やんわりと正常な思考までも奪い取ってしまった。
「・・・クッ・・・」
切ないほどの感覚。
指が僅かに滑るだけで、快感の欠片が全身を駆け巡り、一箇所に終結する。
(サクラ、これって ―――)
単なるマッサージじゃない。
くの一ならではの色の技法だ。
己の色香や技法でターゲットの心と身体を縛りつけ、着実に任務をこなすためのくの一達のテクニック。
まさか俺に仕掛けてくるとは思わなかった。
(しかも、簡単に引っかかっちゃったし・・・)
相手がサクラじゃ仕方ないか・・・。 自嘲めいた溜息がつい漏れる。
サクラの指が太腿の付け根をギュッと掴んだ。
そのまま付け根に沿って内側に滑っていき ―――
「うわっ!!」
余りの直接的な刺激に、思わずベッドから飛び退いた。
ハアハアと肩で大きく息をしながら、何とか波をやり過ごそうと必死で堪える。
サクラの手管に簡単に落ちてしまうのは、やっぱり上忍としてのプライドが許さないから。
「・・・ハハハ・・・参った・・・」
余裕のあるふりをして、軽く笑顔を浮かべながらサクラの顔を窺ったら、
「あれ? 気持ち良くなかった?」
キョトンと俺を見ていた。
「変だなー。 気持ち良くてリラックスできるって聞いたはずなんだけど・・・」と首を傾げ続けるサクラに、
「一体何て教わってきたの?」 と、訊ねてみた。
「うん。 最近任務が立て続いて、先生が疲れているって話したらね。 じゃあ、元気が出て気持ち良くなるツボを教えてやるって。
わざわざ、ダミーの人形も出してもらって細かく教えてもらったんだけど・・・、まだまだ下手だった?」
「・・・元気が出て、気持ち良くなるツボ・・・」
納得した。
サクラが勝手に意味を取り違えたのか、五代目がわざと紛らわしく言ったのか、そこまでは解らないけど。
「んー・・・確かに元気は出たよ。 サクラの思ってる元気じゃないけど・・・」
ほら、と軽く指差す。それを見て、さすがにサクラも気が付いたみたいだ。
「え・・・ じゃあ、あれって・・・」
「そ。 で、この“元気な俺”をどうにかすれば、気持ち良くてリラックスできるんでしょ」
わざと意地悪そうな笑顔を浮かべて、サクラににじり寄っていく。
「まさか、ここまでその気にさせといて、知らんぷりはないよねー? サ・ク・ラ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って・・・! 私、ホントに何も知ら・・・」
「ダーメ! もう俺余裕ないから手加減できないよ。 覚悟して」
慌てて逃げようとするサクラを素早く羽交い締めにして、そのままベッドに組み敷いた。
もう止まらない。
「サクラがいけないんだからねー」
「イ、イヤァァァァ・・・!!」
軽いまどろみから覚め、サクラはうっすらと瞼を開けた。
隣には、連日の任務疲れと先程のスキンシップの名残で、カカシがすっかり熟睡している。
深い息遣い。 額にかかる髪をそっと梳っても、一向に目覚める様子はない。
(本当に気持ち良くなってリラックスしちゃったのね、先生)
クスリ、と小さく笑った。
昼間の、綱手との遣り取りをぼんやりと思い起こす。
お前にも、そろそろ男を籠絡する技を教えた方がいいかもな、と、教えてもらった簡単なテクニック。
男を上手に手玉に取ってこそ立派なくの一だ、カカシの奴をちょっとからかってみな、と、悪戯っぽい目で微笑まれた。
そして、わざととぼけて、マッサージをして ―――
可愛らしい、と思った。
私の下で、必死に何かを耐えようと歯を食い縛っているカカシ先生が、無性に可愛らしかった。
ただ、悪戯がつい度を越して、とばっちりを食ってしまったのが大きな誤算だったが・・・。
「・・・後は、詰めの甘さを何とかしなくちゃ・・・」
愛しい人の頬や唇に、そっと唇を這わせる。
今後の課題を再確認しながら、次第にサクラも深い眠りに誘われていった。
(男の人を手玉に取るのも、なかなか悪くないですね。 師匠。)