――― あなたをこの手に ―――
ある晴れた休日の午後、サクラはカカシと一緒に近くの公園へ散歩に出掛けた。
汗ばむ事のない柔らかな陽射しと、少しだけひんやりとした風が体の中をすり抜けていく。
十月の空はどこまでも青く、そして高い。
空を見上げ、じっと風を受けていると、任務中知らぬ間に溜まっていたザラザラとした感覚がだんだんと洗い流されるようだった。
ふと、近くのベンチに目を向ける。
そこには、生後間もない赤ん坊を抱いた、若い母親が座っていた。
陽気に誘われて散歩にきたんだろうか。
赤ん坊は母親の胸に抱かれて、気持ちよさそうに眠っている。
小さな指を咥え、時折思い出したように吸い付く仕草を繰り返しながら、夢の世界を楽しんでいた。
そんな様子を優しく見守る母親の目には、限りない慈愛が溢れている。
思わずサクラも笑みを浮かべた。
絶対的な愛情と庇護を必要とする、小さな小さな存在。
自分一人では生きる術を知らず、他人の手がなければ直ぐにでも死んでしまうか弱い存在。
しかし、全幅の信頼を寄せて母の胸に全てを委ねる姿は、何者にも勝る“護られる者の強さ”があった。
「どうした、サクラ?」
知らずに見入っていたのだろう。カカシが不思議そうに顔を覗き込む。
「あ・・・うん、あの親子、何だか幸せそうだなあって思って」
そっと目配せをして知らせた。
「ああ・・・そうだね。とっても幸せそうだ」
「今はああやってお母さんに護られてるけど、いつかあの子も誰かを護る大人になるのよね」
「もしかしたら、この里を愛し、護る忍になるかもしれないぞ」
俺みたいに、と、茶目っ気たっぷりにウインクをするカカシ。
「ウフフ、先生にもあんな赤ちゃんの時があったのよねー」
「なんだよ、いきなり。俺だって人の子だよ。デカいまま生まれてこないよ」
苦笑するカカシを、ふと、見上げる。
初めて逢った時から、他国に名を馳せるほどの上忍であったカカシは、サクラにとって絶対的な"庇護者”であり続け、
どうしてもカカシが他人に護られている姿を想像できない。
あんな風に小さかったのだろうか。
頬も腕も指も全てが柔らかく、頼りなく、簡単に抱き上げられるほど軽かったのだろうか。
そして、あの子のように惜しみなく愛されたのだろうか。
カカシの腕を取り、そっと指を絡ませた。
筋肉の張り詰めた鍛え抜かれた腕、細かい傷のある細く長い指。なぜだろう、とても愛しい。
「・・・そうよね。きっと先生もいっぱい愛されていたのよね。だから今、木の葉の里と里の仲間を愛せるのよね」
カカシが両親と過ごせた時間は短かったかもしれない。
しかし、それ以上の揺るがない愛情を注いでもらえたはず、と信じたい。
ふと、赤ん坊の頃のカカシに会ってみたいと思った。
「ねえ、先生。赤ちゃんの頃の先生に会いたいな。変化してくれる?」
「ハア!?」
「会って抱っこしてみたい。ね、いいでしょ? 早く!」
「・・・何それ、抱っこって。・・・ひょっとして、サクラ子供欲しいの? だったら早速、家に帰って・・・」
「違ァーう! そうじゃなくて、先生を抱っこしたいの!」
「俺・・・? ハハーン、そういうプレイがしたいってワケ? サクラってば、随分マニアックだねぇ。 あー、でも新鮮でいいかも?
赤ん坊に変化しちゃうとサクラとデキないからさー、このままじゃダメ? サクラママァ〜、抱っこぉ〜v」
ブチッ ―――――
「・・・・・・先生の、お馬鹿!!」
ズスッ! という、鈍い音が響いた。
どうやら、綱手譲りの鉄拳がカカシの腹に見事に決まったらしい。
「・・・ジョウ、ダン・・・・・・だって・・・」
プリプリと怒りを振りまき、早足で歩くサクラの後を、カカシは腹を擦りながら苦笑いをしてついて行く。
(あーあ、また怒らせちゃった。でもさー、サクラ。3年後にはちゃーんと抱けるんだから、それまで待っててよ。
どうして3年後かって? だって、俺の左目には『未来』が見えるんだよー)
「・・・その前に、まずはママのご機嫌を直さないとねー」
カカシは楽しそうに呟いて、サクラの横に並んだ。
どこまでも青く、高い十月の空。
吹き抜ける風に、いつの間にか寄り添う二人。
繋がれた指は、いつか我が子を胸に抱くための二人だけの約束の印。