大通りの桜が、綺麗に満開になった。
朝に夕に、何気に桜の花を見るたび、自ずとあの桜の樹を思い出す。
あそこの桜も、もう綺麗に咲いてるかな・・・。
今日は私の誕生日。
――― 花日和 〜続々・さくらさやけき〜 ―――
サワサワサワ・・・
眠気を誘うようなポカポカと暖かい陽の光。
一年振りに訪れたそこは、昔とちっとも変わってなかった。
遠く、雲雀の啼き声が風に運ばれてやってくる。
競うように、すぐ近くの枝からは鶯のさえずりが聞こえてきた。
あとは、時折り耳元をくすぐる風の音と、花と花が擦れ合う微かな音。
「・・・さあて、どれだけ待たされるかな」
いつからだろう・・・。
何時も遅れてやってくる愛しい待ち人の到着を、心踊らせて待てるようになったのは――
不意に入った任務のためだったり、今は亡き親友との語らいのためだったり、
あるいは単に寝坊しただけだったり・・・。
理由は違えど、いつだって私は待ちぼうけを食っていた。
下忍になり、カカシ先生の下に就いた頃から、ずっとずっと。
最初はとにかくイライラして、毎度毎度遅れてくるたび、ありったけの文句を言って。
それでも一向に遅刻癖の直らないカカシ先生にほとほと呆れ果てて、もういつもの事だと諦観するようになって。
そして今では、どこか切なくどこかワクワクしながら先生が来るのを待っている――
ふふふ・・・、あの頃の私が知ったら、一体どんな顔をするんだろうな。
まさか数年後に先生とこうなるなんて、ちっとも思い付かなかった・・・。
ヒラヒラヒラ・・・と風に漂って、淡雪のような花片が止むことなく降り続けている。
樹にもたれ軽く目を閉じて、目蓋に差し込むのどかな光を思う存分満喫した。
ああ・・・。何も変わってはいない。
この風も、この花も、この香りも・・・。
初めてここでカカシ先生と向かい合ったあの日と。
あの日、先生は私に魔法をかけた。
『みんなには内緒だぞ』
悪戯小僧のような飛びっ切りの笑顔と共に、差し出された一枝の桜の花。
眩しい笑顔が私の心にスルリと入り込み、そしていつしか私の全てを、余す事無く支配していた。
自分の気持ちに吃驚して、何度も何度も確かめてみたけれど、出てくる答えはいつも一緒。
私・・・、カカシ先生の姿ばかり探している。カカシ先生の事ばかり考えている。
もしかして もしかして ・・・・・・
潔く認めてしまえば、後は簡単だった――
想いの丈を必死にぶつけて、何とか気持ちを受け止めてもらって、そして、そして――
「こら・・・、こんな所で居眠りしてると風邪引くぞー・・・」
「――!」
一切の気配を断ってスッと背後に現れたカカシ先生が、くすぐるように耳元で囁いた。
恒例の不意打ち。
このドキドキする瞬間がたまらなく嬉しくてしかたない。
やっと・・・やっと、カカシ先生に逢える・・・!
・・・ワクワクしちゃうのよ。いつも。
早く逢いたいのに、もったいなくて目を開けられない・・・。
ドキドキ・・・ドキドキ・・・
胸の奥がキラキラと輝き出して、スキップしたいほど心が弾む。
薄っすらと目を開ければ、待ち焦がれた愛しい人の笑顔がすぐ目の前にあるなんて――
満面の笑みで、ゆっくりと目を開けた。
思い描いていた通りの、私を見詰める優しい眼がすぐそこにある。
クスリと、いかにも可笑しそうに含み笑いをしながら、カカシ先生の顔がゆっくりと近付いてきた。
「やぁ・・・」
「・・・お帰りなさい、カカシ先生」
「ん、ただいま・・・。最近は驚かなくなったねー。前なんか勇ましくクナイで切り掛かってきたのに・・・」
「さすがに、もう慣れたわ」
「そっか・・・。身体だけじゃなくて、やっと心もオレを受け入れてくれたって事ね」
「身体って・・・、先生が言うと、なんかイヤらしく聞こえるんだけど・・・」
「イヤらしいも何も・・・、事実でしょ?」
フッ・・・と心の奥まで見透かすような不敵な笑みで、瞳の中を覗き込まれる。
「オレなんか、ずっと前からサクラの全てを受け入れてるってのにさ・・・。サクラの事なら何だって知ってるよ。背中のほくろの数だって・・・」
「そ、そんなの数えなくていいわよ・・・」
「オレだってサクラに全て曝け出してんのになー。サクラはどこまで知ってんだか・・・。あっ、そーか!サクラ、いつも目瞑っちゃうから、
細かい所まで憶えてないのか・・・」
「ちょっと、止めて!」
あぁ・・・、もう本当に、相変わらずのカカシ先生・・・。
せっかく逢えたっていうのに、真面目なんだか巫山戯てるんだか。
突然掏り替わる先生の話術に、いつもいつも振り回されて、からかわれて。
ドキドキと跳ね上がった心臓の音、絶対ばれてるよね・・・。
真っ赤になって脹れる私を愛しそうに見詰めながら、
「ごめん・・・。久しぶりに逢えて嬉しくなり過ぎちゃった・・・」 と、先生が謝ってきた。
「・・・・・・」
「サクラー・・・、機嫌直してくれる?」
「・・・どうしようかな・・・?」
わざと拗ねた振り。カカシ先生にはバレバレだけど。
本当はこうやって先生に構われるのが、嬉しくてしかたない。
グリグリと頭を胸に押し付けてみた。
「サクラ・・・」
コツンと、おでこがぶつかり合う。
ふわり・・・と、先生の匂いがした。
何週間ぶりかな・・・。
少しだけ厄介な任務にてこずって、帰還の予定が全く立たなかったカカシ先生。
里を発つ前に、この日この場所で逢う約束は交わしていたけれど、正直、本当に叶うとは思っていなかった。
今日一日、待ちぼうけでもいいや・・・。
ついさっきまでそう思っていたのに――
先生・・・、私との約束をちゃんと憶えていてくれて、どうもありがとう。
きっとこのために、とんでもない無理を重ねてきたんでしょう・・・。
おでこから伝わるカカシ先生の熱。
いつもと変わらない素振りをしているけれど、チャクラがもうギリギリだって手に取るようによく分かる・・・。
「・・・カカシ・・・せん・・・せ・・・」
ありがとう・・・。大好き・・・。
そっと唇に触れてみた。
久しぶりの感触。懐かしい匂い。
ずっとずっと欲しかったこの温もり――
「・・・逢いたかった・・・よ・・・。ずっとお前に・・・逢いたくて、しかたなかった・・・」
搾り出すようなカカシ先生の声が、私の鼓膜を震わせた。
先程とはまるで違う真摯な表情に、思わず目を瞠った。
喉の奥がグッと詰まる。
泣きたいような叫びたいような、言葉にならない切ない想いがズキズキと突き上げてくる。
逢いたかった・・・。私だってずっとずっと、先生に逢いたかったよ・・・。
人づてに戦果の状況を知らされて、一喜一憂する毎日。
とにかく無事でいてください。
その事だけをずっと祈り続けていたんだから・・・。
「・・・せん・・・せ・・・ぇ・・・」
もどかしさをぶつけ合うように荒々しく抱き合いながら、何度も何度も唇の熱を奪い合った。
力の籠もった先生の腕が心地良い。
いろんな想いがどんどんと溢れ出してくる。
この気持ちを何とかして伝えたいけど、上手に言葉に変えられそうにない。
言葉って・・・、不自由だ。こんなに好きなのに、伝える言葉が見つからない。
大きな身体に泣きたいほど必死にしがみ付きながら、口から零れ出た言葉はごく有り触れた簡単なものだった。
「怪我・・・してない・・・?」
「ああ・・・、大丈夫・・・」
「アカデミーには・・・?報告は、もう・・・済んだの・・・?」
「まだ・・・。真っ直ぐ、ここに来たから・・・。そんな事より・・・」
もっとサクラを確かめさせて・・・。
冷たく乾いた指先と、熱く火照った唇が、まさぐるように、髪を、喉を、顎を、肩を・・・、私の全てを滑り抜けていく。
ゾクリと背筋に電流が走り、思わず小さく呻きながら、大きく仰け反ってしまった。
「・・・ぁ・・・っはぁ・・・」
「・・・サ・・・クラ・・・・・・」
私の反応で、どんどんエスカレートしていく先生の指。
あれほど恋しかった奔放で意地悪な指に、煽られ、いたぶられ、高められて、頭の中がどんどん真っ白になっていく。
・・・いつの間に、こんなに肌を露わにされていたの。
脇腹にヒヤリとした掌を押し当てられて、思わずビクッと身を震わせてしまった。
「・・・はぁ・・・ぁぁぁ・・・」
零れ落ちる吐息を決して逃さぬかのように、ぴたりと唇を塞がれ、纏わり付くように熱い舌が絡まってきた。
ジリジリと煽り立てるように、腿の付近を長い指が蠢き続ける。
スルリ・・・
いつしかそれが薄い布地越しではなく、ストレート過ぎる刺激に取って代わった。
「んん・・・っん・・・!」
思わず脚がガクガクと震え出した。
私を知り尽くした、巧妙過ぎる指の動き。
だめ・・・、とても独りでは立っていられない・・・。
今にも崩れ落ちそうな腰をガッチリと支え込まれる。
逃げ場を失った私の中で暴走するエネルギー。
このまま身体中の到る所を執拗に探られていては、ますますカカシ先生のペースに流され、否応なしに呑みこまれてしまう。
「・・・やっ・・・や・・・あぁ・・・」
どんどん激しくなるカカシ先生の愛撫に翻弄され、ますます息が上がっていった。
すっかり緩められた胸元を舐め上げられて、また背中がビクンと跳ね上がる。
もどかしいような、気持ち良いような・・・。
もう何が何だか分からなくて――
このままどうにかなっちゃいそう――
サワサワサワ・・・
唾液で濡れそぼった肌が吹き抜ける風に晒されて、ぞわりと全身が総毛立つ。
思わず、ハッと我に返った。
な、何やってるの、私達・・・?
まだ陽も明るい里山の桜の樹の下。
いつ誰がやって来るかも分からないのに・・・。
大慌てで、伸し掛かってくる重たい身体を何とか引き離そうと、懸命にもがいた・・・けど。
「ちょ、ちょって待って・・・カカシ、先生・・・」
「ん・・・」
お、重たい・・・。ビクともしない・・・。
チャクラを練り込んで力を溜めようとしても、カカシ先生の動きが巧妙過ぎて全然力が入らない。
「だ、だめ・・・。ねぇ、お願いだから・・・止めて・・・」
「・・・・・・」
「誰か、来ちゃうよ・・・見付かっちゃったら・・・どうするの・・・」
「そしたら・・・、見せ付けてやればいいでしょ・・・」
な、何言ってんのよ・・・。
私、そんな趣味持ち合わせてないわよぉ・・・。
「せっ、んせ・・・や、やだってばぁ・・・」
涙目で必死に抵抗してみても、本格的に火の点いてしまったカカシ先生相手では、完全に大人と子供、まるで歯が立たない。
かえって身動きが取れないようにギュウギュウに抱きすくめられ、どんどん先生の都合の良いように押し流されてしまった。
こ、このままじゃ、本当に・・・。
あぁーん・・・、もう、しゃぁーんなろぉー!
力が込められないんなら、せめて・・・。
思いっ切り息を吸い込む。スゥゥ・・・
せぇーのっ!
「カ・カ・シ・せ・ん・せ・ぇ・ぇ・・・、止・め・て・って・言・っ・て・る・で・しょ・う・が・・・!!」
胸元で蠢く形の良い耳に向かって、あらん限りの大声を張り上げてやった。
「・・・・・・」
ピタリ――と先生の動きが止まる。
きっと今頃、耳の奥がキーーーンとしてるんだろうな・・・。
可哀想な事をしちゃったと、ちょっとだけ反省。
でも――
止めない先生にも責任はあるんだからね・・・。
「・・・ごめん。つい・・・」
片耳を押さえ、顔を顰めながら、ゆっくりとカカシ先生が離れていく。
私も真っ赤になりながら、大慌てで服の乱れを直した。
「もう・・・、いきなり何するのよ・・・」
「ハハ・・・、何だか、あっという間に理性が吹っ飛んじゃって・・・」
申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべて、そして、改めて私の顔を覗き込んだ。
「・・・誕生日おめでとう。サクラ」
蕩けそうなほど優しい微笑みと一緒に、今度は軽く触れるだけのキスを一つ。
今年も無事に・・・とは言い難いけど、カカシ先生に祝ってもらえた私の誕生日。
もう何度目になるんだろうな・・・。
この桜の樹の下で、カカシ先生と一緒に年に一度のこの日を迎えるのは。
ここまで情熱的だったのは、さすがに初めてだったけどね・・・。
少しだけ埃っぽい大きな身体にそっと抱きついて、久しぶりの逢瀬の喜びを改めて噛み締めてみた。
私にもカカシ先生を確かめさせてね・・・。
さっきは、よく分からないうちに流されちゃったから。
ギュッ――
どんどん込み上げてくる愛しい気持ち。
肩口に顔を埋めて、何度も何度も頬を摺り寄せた。
胸一杯に先生の匂いを溢れさせたくて、何度も何度も深呼吸をした。
「・・・んんー・・・。カカシ先生の・・・匂いがする・・・」
ああ・・・、嬉しい・・・。間違えなくカカシ先生だ・・・。
ちゃんとここにいてくれる。
夢じゃなくて、本物の先生がここにいてくれる。
ねぇ、もっともっと確かめてもいい?
背中に回した手に力を込めて、もっとしっかり抱きついて――
・・・あれ?
先生、何だか逃げ腰・・・?
気のせいかな。ちょっとずつ後ろに下がってない?
どうしてぇ!?
「ご、ごめん・・・」
うろたえながら逃げ出そうとするカカシ先生。
・・・失礼しちゃうわね。どういう事よ。
私も意地になって、かえってギューッとしがみ付いてやったら、「うわっ・・・!」 と、あからさまに腰を引かれた。
あ・・・。
そういう事・・・。
「お前・・・、誘ってんの拒んでんの、どっちなのよ・・・?」
思いっ切り情けない顔をしているカカシ先生に、必殺上目遣いで、「えへへ。ごめんなさい・・・」 と、とりあえず謝っておく。
誘うのは・・・、そうね、先生の家に着いてから。
まずは、『桜』を愛でましょう。
『サクラ』を愛でるのは、その後で充分。
それまでは、ちゃんといい子で我慢してね。お願い。
「あーあ」
残念がっているけど、どこか楽しそうな先生の声。
正面が駄目なら・・・。
ふわり、と背中から抱き付いた。
回した腕に、カカシ先生の鼓動が微かに響く。
トクトクトク・・・
見渡すと、薄紅色の雪がハラハラといくつもいくつも舞い踊っていた。
春霞、花日和、風の舞い――
麗らかな陽射しの中、二人っきりの贅沢なお花見を始めましょう。
今年の『さくら』は、一段と艶やかだから、心行くまで味わってください。
『さくら』の美酒に、とことん酔いしれてください・・・。
ね・・・、カカシ先生・・・。
やっぱり、誘ってんでしょ・・・?
ふふふ・・・、分かった・・・?