「で・・・、どうやって愉しませてくれんの?」
ヘッドボードにもたれ掛かりながら、カカシが面白そうにサクラを眺めている。
対するサクラは・・・、
緊張感でガチガチに凝り固まっていた。
――― がんばれ!子猫 ―――
〜 子猫の挑戦 〜
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。
自分から招いてしまった、この絶体絶命、抜き差しならないとんでもない状況。
一体どうすれば、こっち方面にも百戦錬磨の手強い男を満足させられるのか、さっぱりサクラには判らない。
サクラの部屋。
我が物顔でベッドに寛いでいるカカシと、すぐ側で棒のように突っ立っているサクラ。
サクラを抱きかかえてここに来るなり、カカシは、「じゃ、頑張って」とサクラを降ろして、自分だけさっさとベッドに寝転んでしまった。
「え・・・?」
こういう色っぽい場面では、いつもならカカシの方からいろいろと仕掛けてきて、サクラはただ黙ってされるがままで十分だった。
でも今日のカカシは、サクラのお手並み拝見とばかりにニヤニヤしているだけで、一向に動いてくれる気配もない。
ほ、本当に、私に悩殺技を繰り出せって言うの・・・?
「え・・・、えぇとぉ・・・・・・」
「んー?どうしたー?」
「・・・え・・・っと・・・、そのぉ・・・」
近寄っていいのか、離れた方がいいのかも判らない。
刻一刻と、間の悪い時間だけが過ぎていく。
・・・もっとも、間の悪い、と思っているのはサクラだけのようで、カカシの方はというと、
すっかりパニックを起こし、混乱しているサクラを眺めるのが、楽しくてしようがない。
アラララ・・・、こりゃ完全に頭に血が昇っちゃってるねー。
ロボットのようなギクシャクした身体の動き。
キョロキョロと視線を泳がせて、赤くなったり、青くなったり・・・。
全く・・・。
『初めて』する訳でもあるまいし、もっと自然に振舞えばいいものを・・・。
ホントにやらされるなんて・・・って、動揺してるのバレバレだぞー。
あまりにも悲壮なサクラの顔に、カカシは思わずプッと吹き出してしまった。
「チョッ・・・!何笑ってんのよ・・・!」
「ハハハ、ごめんごめん・・・。ねーサクラ、もしこれが任務だったら・・・、どうするんだ?」
「に、任務・・・?」
「そう。ターゲットを己の魅力で籠絡して、巻物なり情報なりを盗み出してくるような“くの一任務”。
もしそうだったら、この時点で物の見事に失敗してるぞー・・・」
「え・・・、失敗・・・?」
くの一任務・・・。
サクラはまだ受けた事はなかったけれど、確かにそういった方面の任務も結構あるようだ。
任務依頼が来るということは、それ即ち、大人の女の証という事で、任務に失敗するという事は、自分に女の魅力が足りないという事。
サクラだって、だてにカカシと付き合ってるわけではない。
同世代のくの一仲間よりも、知識も経験も豊富な筈・・・と、密かに自負するサクラは、
『失敗』という言葉に過剰に反応して、本来の負けん気がむくむくと頭をもたげ始めた。
この先も忍を続けていくなら、ひょっとしたらそういう任務もいずれ舞い込んでくるかもしれない。
そうよね・・・。これはくの一任務の特別演習。そう思えば良いんだわ。
演習ならば、恥ずかしがる事はない。精一杯挑まなければ、合格点は貰えない。
まずは気持ちを切り替えようと、大きく深呼吸を繰り返した。
「・・・は・・・あぁ・・・・・」
大人の女になりたかったんでしょ?カカシ先生を誘惑したかったんでしょ?
こんな事でビビってたんじゃ、いつまでたっても子供扱いのままだわ・・・。
静かに目を閉じて、お手本にすべき女性のイメージを湧き起こす――
本当は、紅先生のような誘惑フェロモン系が理想なんだけどな。
どう逆立ちしてみたって、今の私には到底無理だし・・・。
・・・・・・じゃあ、もうちょっと、初々しく、おねだりするように可愛らしく・・・。
でも、攻める所はガンガン攻めて、男心をがっつんと鷲掴みにするような感じの・・・。
あー・・・、こういうの、誰かいたような気がする・・・。誰だっけ・・・?
モヤモヤとしたイメージが、だんだん具体的に頭の中で組み立てられていく。
それは、甘えるような、媚びるような、そしてどこまでも挑発するような視線と表情で、
見事なまでのナイスバディを、惜しげもなく曝け出しているツィンテールの金髪美少女――
はえぇ?・・・ナ、ナルト・・・!?
な、何でよりにもよって、あんな奴を・・・。
・・・・・・で、でもまあ、よぉく考えてみれば、奴だって男の端くれなんだし、男が理想とする『エ・ロ・カ・ワ』のイメージだって、
私なんかより遥かに具体的で詳しい筈よね・・・。実際、物凄く効果絶大みたいだし・・・。
・・・・・・そうよ。あの路線で攻めれば大抵の男はイチコロなのよ。
紅先生路線は無理だけど、ナルトあたりなら私にだってできるでしょ。
っていうか、ナルトにも負けるようじゃ、もうどうしようもないわ。
くっそぉぉーー!春野サクラ、やるときゃやります!見てろよ、エロ上忍!
内なるサクラが、自棄っぱちのガッツポーズを決める。
そして、ナルトのお色気の術をしっかり頭にイメージしながら、サクラはおもむろにカカシと向き合った。
「・・・ふぅ・・・」
小さな深呼吸を一つ。そして、伏し目がちに覚悟を決めて、ブラウスのボタンを外しにかかる。
ゆっくり・・・、ゆっくりよ・・・。サクラ、落ち着いて・・・。
指の動きにカカシ先生の関心が集まるように・・・。私のドキドキ感がちゃんと伝わるように・・・。
華奢な白い肩が徐々に露わになっていく。
他人にジッと見られている中で、自分で服を脱いでいくこの状況。
先生に見られている・・・。
カカシの視線を意識した途端、突然、心臓がとんでもなく暴れ出した。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ・・・
カーッと顔が上気して、指先がブルブル震えだす。
やだ・・・、やっぱり恥ずかしい・・・。こんなの無理、出来っこない・・・。
カカシの強い視線に晒されて、思わず薄い布地で胸元を押さえ込み、泣きそうな顔で身を竦める。
「そ・・・そんなに、見ないで・・・、恥ずか・・・しい・・・」
「ふーん、もう降参?・・・ま、無理する事ないよ・・・」
カカシの小馬鹿にしたような言い方にカチンときて、サクラは思わず睨み返した。
ニヤニヤした目がサクラのプライドを逆なでしていく。
羞恥心よりも怒りのほうが勝って、悔し涙が零れそうになった。
はなから無理って高を括ってるのね!?
む、無理なんかじゃないわよ!やってやるわよ!
とにかく、負けちゃ駄目・・・、負けちゃ駄目・・・と心の中で呪文のように唱えながら、
ゆっくりと背中を向けて、ストンとブラウスを脱ぎ捨てた。
そのままスカートのファスナーに手を掛けて、思わせ振りに引き下げていく。
そして、わざと腰を突き出してお尻にスカートを引っ掛け、見せ付けるように腰を振りながらスカートを脱いでいった。
ふーんだ。お尻の形には自信があるのよ。
先生になんか負けるもんですか!
チラッチラッと肩越しに悩ましげな視線を送ると、相変わらずカカシは静かにサクラを見詰めている。
楽しいのか楽しくないのか、ちっとも表情が読み取れない。
くそー。しぶといな・・・。
・・・・・・いいわよ。もうこうなったら、トコトンやってやるわよ!
カカシの淡々とした様子に、サクラは何かを潔く吹っ切ったようで。
キッと顎を持ち上げ背筋をシャンと伸ばすと、下着の上から胸を押さえて、優雅な足取りでカカシのすぐ脇に歩み寄り、
キラキラと潤んだ瞳を、カカシの鼻の先ぎりぎりにまで近付けた。
「カカシ・・・せんせぇ・・・」
下から大きく覗き込んで、ゆっくりと手を伸ばす。
触れるか触れないか、ギリギリの唇。
お互いの息遣いが口元をくすぐって、思わず背中がゾクゾクした。
「・・・は・・・あぁ・・・ん・・・」
綺麗にマニキュアの塗られた爪先で、ゆっくりと頬や唇、顎の辺りを辿りながら、
柔らかい胸をグイグイッとカカシの腕に押し付けた。
そのまま身体を密着させて、ちろちろと舌先でカカシの薄い唇をなぞっていく。
下着の肩紐がずれ落ちて、ほとんど剥き出しになった胸。サクラの方がどんどんドキドキしてきた。
こ、今度はどうよ!
思いっ切り、切なげな視線でカカシを見詰めるが、カカシは一向に表情を変えていない。
淡々とした視線で薄笑いを浮かべ、呼吸一つ乱していない。
それならば・・・と、妖艶に細腕を首に巻き付け、今度は耳元を攻撃し始めた。
溝に沿って丁寧に舌を這わせ、耳朶をちょっときつめに甘噛みする。
吹きかける吐息を十分意識しながら、耳の裏側、薄く血管が透けている場所を集中的に舐め尽くした。
ぺちゃ・・・ぺちゃ、ぴちゃ・・・
ここって、私が知ってる数少ない先生のウィークポイントの筈なんだけど・・・。
いつだって、私がここを攻めると、カカシ先生ってばビクッてしちゃうし・・・。
でも今日に限ってカカシは微動だにしない。
何してんの?と、面白そうな目付きでおどけて見ているだけで。
さすがにサクラは焦ってきた。
え、えぇ・・・、何でよ・・・?もう、こうなったら直接攻撃してやる・・・!
内心の焦りを悟られないように、舌の動きを耳元から徐々に下げて、首筋、そして鎖骨に・・・と、ねっとり舐め回した。
同時に、片手を胸元から脇腹、そして下腹部へと、こちらも挑発的に撫で回す。
思いっ切り焦らしながら、近付いたり、離れたり・・・。
そして、一番敏感な場所に手を添え、キュッと掴み取ろうとした、その時――
「・・・・・・え?・・・う・・・そ・・・?」
全く反応してないカカシに愕然としてしまった。
ど、どうして・・・?
そ、そんなに私って下手くそなの・・・?
そんなに私って魅力ないの?
全然その気にもなってもらえないなんて・・・。
やっぱり、私の事怒ってるの?ねえ、私の事嫌いになっちゃったの?カカシ先生・・・。
「おーい、サクラー・・・。何だか手が止まってるぞー」
「・・・・・・」
「なんだ、もうおしまい?・・・って、あれ?何泣いてんのよ?」
「・・・ふぇっ、ええ・・・え・・・」
「一体どうしたんだよ?」と吃驚して顔を覗き込むと、またもサクラは歯を食い縛って、必死に嗚咽を堪えているところだった。
「・・・サクラ?」
「え、えっ・・・・・・ふぇ・・・っ・・・、カカシ、せん・・・せ、ぇ・・・、私の、事・・・嫌いになっちゃ・・・、や、だ・・・」
「ハ・・・?」
「もう、我儘、言わない・・・から・・・。ちゃんと先生の言う事、聞くから・・・。だから、だから私の事・・・、嫌いにならないでぇ・・・!」
なりふり構わずカカシにしがみ付き、ワンワン泣き出したサクラを見て、思わず呆気に取られるカカシだったが、
やがて嬉しそうにニッコリ笑うと、サクラの耳元でこっそり囁いた。
「馬鹿だなー。俺がサクラを嫌いになる訳ないでしょ?たとえサクラが俺を嫌いになろうとも、俺はズーッとサクラの事、大好きだぞ」
「だって・・・、だって、先生・・・」
「んー・・・、あれはね。せっかくサクラがくの一のプライドを賭けて、全力で俺に挑みかかってきてくれる以上、こっちも生半可な態度で
受けるのは失礼かと思ってね。いっその事、俺も絶対サクラの誘惑に負けないようにって、真剣勝負に持ち込んでた訳よ」
「えー・・・?」
「いやー、サクラがズバズバと鋭い所を突いてくるから、もうヤバくってヤバくって・・・。あとちょっとで、完全にサクラにしてやられてた」
「ホ、ホントに・・・?」
「ホントもホント。でもさー、そう簡単にサクラの手に堕ちちゃうのも悔しいっていうか、上忍としてのプライドが許さないでしょ?やっぱり。
だからね、俺も意地になってその気にならないように必死に耐えてた訳。大変だったぞー・・・」
「・・・そ、そうだったの?」
半信半疑のサクラの手を、「ホラ・・・」と引き寄せてみた。
先程とは打って変わって、今にも大爆発しそうにドクンドクンと熱く脈打ちながら、かなり自己主張しているモノ。
「へへ・・・」と情けなさそうに笑うカカシの顔を、サクラは穴が開くほど見詰めながら、「よかった・・・」とがっくり肩を落とした。
「てっきり、カカシ先生に嫌われちゃったかと思った・・・」
「ハハハ、心配しちゃった?」
丁寧に舌で涙の後を拭い取りながら、その合間合間に何度もキスを交わす。
カカシの長い指が、レースのカップに沿ってツーッと這って、サクラの薄い脇の下や華奢な肩甲骨をそっとなぞっていった。
「・・・ねぇ?」
誘うような、懇願するような表情のカカシ。
「続きが・・・したい・・・」
吸い寄せられるようにその唇にキスをして、うっとりと身体中でカカシの体温を感じながら、サクラはちょっとだけ悪戯心が芽生えた。
「ウフフフ、駄ー目!どうせなら最後まで我慢してみせて」
「え゛・・・、ここまで来て、そんな・・・」
「フフン、何だか自信が出てきたわ。カカシ先生のお墨付きも貰った事だし、これでこの手の依頼が来ても、もう大丈夫。
更なる技術の高みを目指すためにも、もう少し先生に手伝ってもらおうっと!」
「まさか・・・、本気で受けるつもり・・・?」
「そりゃ、私だって忍の端くれだもの。与えられる任務は忠実にこなして見せるわよ」
愕然と青褪めるカカシを面白そうに眺めて、サクラは、「それまでにしっかり腕を上げとかないとね・・・」と思わせ振りな仕草で、
爆発寸前のモノをギューッと握り締めた。
「んが!・・・・・・サクラ、もう限界。これ以上無理・・・」
「あら?木の葉きっての上忍の先生が、私のような中忍ごときにそう簡単に屈服しちゃっていいの?」
「だから、全然簡単じゃないって・・・。そういやさっき、『もう我儘は言わない、何でも言う事を聞く』って言わなかった?」
「そんな事言ったっけ?私」
「・・・・・・サクラァ」
ごめんね。ちょっとだけ意地悪させて。
だって、本当にショックだったのよ。悲しくて悲しくて、目の前が真っ暗になったんだから・・・。
身を翻して、カカシから離れようとするサクラ。
でも、簡単にカカシの手に掴まって、逆にきつく抱きすくめられた。
それがとても心地よくて、サクラは全身を委ねながら、強い腕の感触を楽しんでいる。
「もう・・・困らせないでくれよ・・・」
「うん・・・・・・、ごめんね、カカシ先生・・・。・・・大好きよ・・・!」
ベッドの上を転げるように抱き合いながら、どちらからともなくクスクスと忍び笑いを交した。
お互いの目に映るのは、紛れもなくたった一人の最愛の人。
好きだ・・・と想う気持ちが止めどもなく溢れ出して、身体中を満たしていく。
頬を薔薇色に染めて、うっとりと見詰めてくるサクラに、カカシは思わず、「可愛い・・・」と漏らしてしまった。
瞬時にパッチリと見開かれたエメラルド色の瞳。
「あ・・・」
またしてもサクラの逆鱗に触れてしまったか・・・。
でも、サクラは嬉しそうに目を細めて「ありがとう・・・」と返してきた。
「もっともっと可愛いって言って・・・。いっぱいいっぱい可愛がって・・・」
「おー・・・、任せとけ!」
身体中のあちこちにたくさんのキスの雨を降らせて、同じ位たくさんのキスの嵐が返ってきた。
とにかく愛しくて、大切で堪らない。
子猫と飼い主、お互い見えない鎖に繋がれていて、引っ張っり合ったり、緩めてみたり・・・。
でも、どうやっても断ち切る事はできないようで、お互いグルグル巻きの雁字搦めになって、それが嬉しくて、幸せで・・・。
くっ付き合って、クスクス笑って、ずっとじゃれ合って、本当の気持ちを囁いて・・・。
振り回されて、翻弄されて、でもちゃっかり手玉にとって、優位に立って・・・。
やっぱり・・・。
愛しているは、この人だけ。目の前で、幸せそうに目を細めているこの人しかいない――
大好き、大好き・・・、愛してる・・・!
やがて・・・。
くつくつと満足そうに腕の中で微睡むサクラの髪を指で梳りながら、カカシはボーっと天井を見上げ、
新たに発生した心配事に、密かに頭を悩ませていた。
ホントに・・・、任務、受ける気になっちゃったのかな・・・?
単なる冗談ならいいんだけど・・・。
もしそうだとしたら、さすがのカカシも火影の命令には口出しできない。
でも・・・。それってあまりにも・・・。
「はぁ・・・・・・」
一難去ってまた一難。
あんな調子で、飛びっ切りチャーミングな子猫に引っ掻かれたら、どんな男だってイチコロ間違いない。
それは俺が保証するけど・・・。
でも・・・、でもなぁ・・・。
もったいなくて余所の男なんかにくれてやれるか!
「参ったなぁ・・・」
子猫の飼い主の気苦労は、まだまだ当分続きそうである・・・。